KATZLIN'S blog

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ムートン・ロスシルド ワインラベル原画展2008-03-24 21:30

パンフレット
ワイン好きにはたまらない企画展。年替わりでいろんな美術家がラベルを飾るムートンの、そのラベル原画が見られるという。そういえばラベルの原画って誰が持っているのかなんて考えもしなかった。全部ムートンが持ってたわけだ。ま、当然か。


日本ではドイツ語読みの「ロートシルト」の方が馴染み深く、「ロスシルド」という読み方は初めて聞いた。調べてみるとどうやらフランス語読みのようだが、フランス語では「ロッチルド」だとばかり思っていたので、どうも違和感がある。公式サイト Baron Philippe de Rothschild では当主のフィリピーヌの挨拶が聞けるが、「ロッチルド」とか「ロシルド」の方が近いような気がする。
で、会場内の写真パネルなんかには、思いっきり「ロートシルト」と書いてあったのが笑えた。

原画は、作者がすべて違ううえにサイズもまちまちなので、昆虫の標本箱に入れることで展示するうえでの統一感を演出している。
以下に、印象に残ったものを。なお、個々のラベルは公式サイトのほか、The Artist Labels でも見られる(英語サイト)。

1945: Philippe Jullian
フランス国旗と凱旋門をあしらった別バージョンが見られた。採用されたのは勝利のVマークのものだったが、この別バージョンもポップでよいと思う。
1952: Léonor Fini
この原画は思いっきりスケッチブックの切れ端だった。なんとなく、ルドンの連作版画にあるような顔に見えなくもない。
1958: Salvador Dali
え、これって羊だったのか・・・ たしかに、言われてみれば・・・ 別バージョンもあったが、他のものはちゃんと最初から羊に見える。
1959: Richard Lippold
幾何学的な構成が美しい。鉛筆による色指定が見えるのは原画ならでは。
1969: Joan Miró
いかにもミロっぽい1枚で好感を持ったが、日本語での作者名がいまどき「ホアン・ミロ」になっていたのがちょっぴり気になった。
1977: Tribute to the Queen Mother
この年にエリザベス王太后がシャトーに来訪したことを記念したラベルで、絵画ではなく、EとRの文字をあしらったエンブレムがついている。
注目すべきは箱の中に一緒に入れてある、来訪時の食事のメニューリストと思われる1枚のカード。今はシャトー・ダルマイヤックと名を変えた、ムートン・バロン・フィリップの絵柄のカードだ。食事3品にチーズ、デザートが供されたことが読み取れる。で、サーヴされたワインにおったまげた。Ch. Mouton Baron Phillipe 1960, Ch. Mouton Rothschild 1921(!!), Ch. Mouton Rothschild 1879(!!), Ch. d'Yquem 1916(!!)。
1985: Paul Delvaux
大好きなポール・デルヴォー。ぶどうと、お馴染みの瞳がでかい女性の図柄。ミステリアスで少しスリリングな雰囲気がたまらない。原画はさほど大きくないものだった。
1988: Keith Haring
ヘリングからムートンに宛てた手紙が標本箱の下地に直接書いてある。おそらく印刷なのだろうが、標本箱そのものが作品と言える。
1989: Georg Baselitz
タイトル「壁」で、逆さまになった羊が燃えているようなようす。世界史上に残るこの年の出来事、ベルリンの壁崩壊を表しているという。展示脇の説明の日本語は、主語が省略されまくっててわかりにくい。英語版と見比べてようやく理解するというお粗末。
1993: Balthus
幼児虐待が問題となっていたアメリカで輸入禁止となった、いわくつきの幼女のヌード画。作品保護ということで、ここだけ薄暗かった。
1994: Karel Appel
156×113cmで、展示中最大の作品だった。ちっさいラベルになるってわかってるくせに、なぜこんなに巨大に作ったのだろうか?
1996: Gu Gan(古干)
古干は中国人で、さまざまな字体の「心」字を5つ組み合わせたものなんだそうな。タイトル「heart to heart」ということで、5大陸の人々の心と心のつながりがテーマだとか。今まで単なる抽象画だと思っていたのだが、意味がわかっていちばんのお気に入りとなった。ワインも手に入れたいが、しかし1996なんてグレート・ヴィンテージはとてもじゃないけど・・・
2001: Robert Wilson
現当主のフィリピーヌの肖像をあしらったカラフルなデザイン。この年だけ、文字などラベル全体のデザインを画家が手がけている。そのため全体がポップでイイカンジ。

上に挙げたほかにも、ブラック、シャガール、カンディンスキー、ピカソ、ウォーホルなどのそうそうたるメンバーが名を連ねる。名前だけ見れば Bunkamura あたりでやってそうな20世紀美術の展覧会のように見えなくもない。が、作品はいずれも小品ばかりだし、美術的にも決してレベルが高いとは言えないと思う。絵そのものだけで考えると、美術展としては成立しないだろう。
しかしこれがワインのラベル画、それもムートンのものということで、美術展となりうるのだと思った。そういう意味ではこの展覧会は美術ファンというよりはワインファン向けなのだ。だからワインに興味のない人にはまったく不向きな展覧会だと思う。「ピカソやシャガールが見られる」と思って行ったりすると、肩透かしをくらうことになるのだ。

ひとつ非常に残念に思ったのは、展示脇の解説が、標本箱の中に貼ってあるフランス語解説の単なる翻訳だけだったこと。しかもこれ、公式サイト Baron Philippe de Rothschild でほとんど同じものが読める(さすがに日本語訳はないけれど)。
標本箱の中にはラベル原画以外にもスナップ写真やらが納められていたりするが、それがなんなのか、というのはそれぞれに付いているフランス語のキャプションだけが示している。前述の1977の食事メニューも、自分はたまたまワイン名に気付いたので注意深く見たが、たぶんほとんどの人はそれと知らずに通り過ぎてしまうに違いない。そういうところの解説が欲しいのだが、それがないのだ。
そういえば、美術の展覧会なら技法(「油彩」とか「グアッシュ」とか)が作品名に書き添えてあるのが普通だが、そういうのが見当たらなかった。あと、展示作品の目録もなかったと思う。
やはり、美術ファンではなくてワインファン向けの企画なのだろう。

そしてそして、なんと図録が税込み8,400円。こんな突拍子もない数字初めて見た。840円の間違いじゃないかと思ったが、どうやら本気のようだ。通常の美術展なら考えられない価格だが、もしかしたらムートンを飲みつけているようなセレブな方々には屁でもない値段なのかもしれない。モノも大したものじゃなくて、見開きの左頁に標本箱の写真、右には展示と同じ解説といういたって平凡な構成。装丁が豪華というわけでもなく、それどころか表紙なんか字しかない。
いっぽう、ラベルをあしらった絵はがきは157円だったので、自分はこちらを数枚購入した。

展示を観たあとはサルヴァトーレ・クォモでランチを楽しんだ。グラスワインには Jermann の Vinae があった。客にも外国人が結構いたりして、東京って凄いところだとあらためて思ったのだった。(森アーツセンターギャラリー・2008年3月21日観覧)