KATZLIN'S blog

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OLYMPUS E-510 購入2008-05-23 00:10

4月末、ようやく思い切ってデジイチを買った。
今まで山ではコンパクトデジカメとフィルム一眼レフの両方を首からぶらさげて歩いていた。コンデジはオリンパスのC-4100Z、一眼レフはミノルタのα-sweet。山頂のようなゆっくりできるところでは一眼でじっくり撮りたいし、歩行中ならデジカメでさくっと撮りたい。だから両方持つことになってしまった。初めてデジカメを買ったのが2000年の冬だから、それ以来ずっとそんな組み合わせのままだ。
しかし、首からふたつもカメラを提げていると邪魔でしようがない。だから一眼だけバッグにしまって歩いたりしていると、出すのが億劫になって、結局一眼では撮らなかったりして。デジイチにすればそんな弊害も解消されるとはずっと思っていたのだが、なかなかふんぎりがつかなかった。


E-510
選んだのはオリンパスの E-510 だ。買って1ヶ月もたたないうちに後継機種の E-520 発売のアナウンスがあったが、ゴールデンウィークに使いたかったので後悔はしていない(いまのところは、だけど)。それにニューモデルは出たばかりだと高いし。
キットレンズはしょぼいので本体だけにして、レンズは ZUIKO DIGITAL 14-54mm F2.8-3.5 を別に買った。レンズの方が本体より少しだけ高かった。

機種選択にあたっては、山歩きでの使用を第一に考えた。山でももちろん、写真撮影が目的で重い機材を担いでいる人もいるが、自分の場合はオーソドックスに歩きメインで、写真撮影の優先度はさほど高くない。首からぶらさげて、撮りたいときにさっと撮ってまたすたすた歩くという感じ。

  • 重量(C-4100Z + α-sweet より軽いか同等)
  • レンズ(C-4100Zがフィルム換算で広角28mm・明るさF2.8、α-sweet のレンズが望遠100mmなので、1本でこの双方をクリアできるもの)
  • ごみ取り機能(山は砂埃だらけなので)
これらを軸に検討を進めた結果、ニコン+シグマレンズと E-510 + ZD14-54 が残り、わずかに軽く、ごみ取り機能が強力というウワサの E-510 を選択した。同じオリンパスでも E-420 の方が軽いが、手ぶれ補正がないのでやめた。重さは結局それまでのコンデジ+一眼とほとんどかわらなくなってしまった。SDカードが使えないのが最後まで悩んだところだったが、そこは割り切った。

店で見ていたときはあまり気にならなかったのが、ファインダーが狭いことだった。買って帰ってからα-sweet のファインダーを覗いてみるとあまりの違いにびっくり。なるほど、撮像素子が小さいからと言われりゃそのとおりだが、その点は完全に頭から抜けていた。マグニファイヤーも売ってるが、当方はメガネ使用。さてどうしよう。

あと、操作ダイヤルが親指なのが自分には使いにくい。というのも、自分はファインダーを左目で覗くからだ。左の方が視力がいいのでそんなクセがついちゃった。で、親指ダイヤルだと自分の顔が邪魔で、覗きながらの操作がしにくいのだ。AFボタンなんか絶対押せない。ちなみにミノルタは人差し指ダイヤルだった。
操作ダイヤルと言えば、モードによってダイヤルと目盛の動く向きが違うのが困る感じ。これはネット上でのレビュー記事でも見かけたが、文章だけだとピンと来なかったのが、実際に使ってみてわかった。

説明書を眺めていたら、オプションのリモコンがどっかで見たことある形。
フィルム一眼を買う前に使っていたコンパクトフィルムカメラが、たまたま(これまた、というべきか)オリンパスの CAMEDIA だったのだが、その付属リモコンと同じみたいだ。探し出して見てみたらやはりそうだった。10年も前のものだが、ちゃんと使えてトクした気分。これでバルブ撮影と記念撮影がやりやすくなった。リモコン表面に「CAMEDIA」とか書いてあるがそんなの気にしない。


実際に撮ってみて思ったこと。
まず、オートホワイトバランスが馬鹿すぎてびっくりした。でもこれは今思うと、測光モードが全面でなかったせいかもしれない。いちいちプレビューで確認するのもかったるいので RAW でも撮ることにした

手ぶれ補正は期待していたほどでないような。シャッタースピード優先1/4秒で、手持ちで撮った沢の写真はぶれてしまっていた。さほど暗くなかったのでもっとちゃんと撮れているかと思ったのだが。これは精進するしかないか。

パノラマモードは説明書が分かりにくかった。撮影前に、つなげる方向を決めてから撮らないといけないのだ。途中で矢印を押せば上下左右に自由につなげられるのかと思っていたので、帰宅してからオリンパスマスターでつなげようと思ったら、思った方向にできないのでびっくりした。
また、このパノラマ合成ソフトは微調整ができないのが欠点。RAW を RAW のまま合成できるのも、いいんだか無駄なんだか。とまあ、ソフトは使いにくいが、パノラマ撮影モードじたいは、重ねる範囲の目印がプレビュー画面の脇に出るためわかりやすいので、今後も使うと思う。


メモリは、4GBのCFと2GBのxDの2枚を挿している。設定は RAW + jpeg(1024x768・最高画質)にして、CFで約300枚、xDで約120枚撮れる。最初はCFだけのつもりだったが、パノラマモードはオリンパス製のxDカードでないと使えないから買い足した。2枚同時挿しで容量も増えるからいいかなと思っている。

RAW 現像ソフトは UFRaw を使用。同梱のオリンパスマスターはパノラマを作るときちょっと使ったが、へなちょこな感じがした。いずれにしても当方のメインパソコンは Linux なので Windows ソフトであるオリンパスマスターは使えない。
UFRaw は単体でも使えるが、GIMP へ画像を送り込めるので便利。UFRaw でホワイトバランスと露出だけ調整して GIMP へ渡し、コントラストやトリミングは GIMP でやるという作業パターンになりそう。
ここでちょっと戸惑ったのは、GIMP は ver. 2.4以降でないと E-510 で作成した jpeg 画像を扱えない点。そんなこと知らずに2.2を使ったのでエラーが出て焦った。upgrade したが、そのために Linux までも kubuntu 7.04から8.04に upgrade するはめになった。


最後に、このカメラ+レンズで撮った写真を3枚載せます。
いずれも jpeg で撮ったまま、レタッチなどはまったくしていないもの。よって Exif データもそのまま残ってる。

520KB
まずは室内でのアップ撮り。赤ワインのコルク。

496KB
丹沢のふもとのシャガ。天気は高曇り。EV0だと激しく白トビした(オリンパスは白トビしやすいという噂だ)。0.3刻みでマイナス補正したら、この-1.0が花が一番きれいだった。

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尾瀬の燧ヶ岳を登山中の光景。場所はミノブチ岳のちょっと下あたり。ZD14-54mmのレンズは逆光に強いという話なので、こんな写真を撮ってみた。

知らなかった! 驚いた! 日本全国「県境」の謎(実業之日本社)2008-05-24 17:24

通勤電車の車内広告で見て興味を持った本。「じっぴコンパクト」という新書よりわずかに大きいサイズのシリーズだが、本屋では新書ではなく実用書のコーナーに置いてあったのでなかなか見つけ出せなかった。
題名からもわかるとおり、いわゆるトリビア本だ。自分は雑学を詰め込んだだけの本はあまり好きではないのだが、地理好きの心をくすぐられて我慢できず、そのことは納得のうえで買って読んだ。


内容は予想どおりの完璧なトリビア本で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
Iの『「廃藩置県」から「四十七都道府県」の成立へ』とIIの「県境に秘められた歴史」が県の統廃合に関するウンチク、III「なぜそこに県境がある?」は、いっぷう変わった県境に関するウンチク、IVの「ニッポン縦断 県境をめぐる争い」は領土争いに関するウンチク、Vの「県境未定地の謎」は文字どおり県境未定地に関するウンチク、という章立て。
ただ、IとIIなんかはなぜ別の章なのか分からないし、いっぷう変わった県境は領土争いの結果生まれたものであったりするのでIIIとIVも同じ章でも不都合なさそう、という具合に区分がとてもむずかしい。だから読み進んでも全部同じような気がして、外国語の単語帳を読み進んでいるのと同じ気分になってしまうのだ。トリビア本のどこが嫌いかっていうと、そういうメリハリのない雑駁なところなわけだが、この本の場合は自分の中の地理好きの方が勝ってさらさらと読んでしまった。

せめて行政区分の通史みたいな章でもあればなあとか、統廃合年表みたいなのがあれば資料になるのになあとか不満はあるが、そんなことよりも、知らなかった面白話が結構あったので楽しく読めた。

(浅井健爾著・2007年)(2008年5月22日読了)

国宝 薬師寺展2008-05-27 00:14

チケット
自分は薬師寺があまり好きではない。あの金儲け主義的なところがどうにも好きになれないのだ。この展覧会には日光・月光が来るというが、自分は仏像は鎌倉期のものが好みで白鳳仏にはさほど興味がない。唐招提寺展では本尊自らが出開帳にやってきたのに、薬師寺の方は来ないというのも気にくわない。
そんなわけでこの展覧会はパスしようと考えていたのだが、前売りペア券が2,000円なので、ひとり1,000円ならまあいっか、ということでペア券を買っておいた。
で、あとになってふと思いついて出品目録を見ると、なんとあの吉祥天が入ってるではありませんか!!!!! 売り物が日光・月光になってるけど、どう考えても吉祥天の方がいい。俄然楽しみになってきた。会期の中盤に展示替えがあり、後半の方が国宝が増えるので(と言っても東博所蔵の十六羅漢の絵だけど)、後半にでかけることにした。

が。冷静に見てみると展示総数はたったの47点。しかも発掘調査で出てきた壷と瓦がそのうちなんと半数を占める。美術展における素描と同様に、発掘の出土品で展示数の数字を上げるのはこのテの展覧会の常套手段だが、いくらなんでも半数はひどすぎる。これじゃおそらく会場はすっかすかで、中身のない展示になるに違いない。期待はしないことにした。


朝9時10分ごろに会場に到着すると、なんとすでに門が開いていた。え゛え゛え゛、そんなに混んでんの? 門から行列が奥へと続いていて、当日券販売所からも歩道に向かって長い列ができていた。当方はチケット持ちなのでそのまま入場し、中庭の列の最後尾に付く。日差しが強く、暑かった。
列の先頭はまだ表慶館の前あたりで、さほど長くはなかった。9時20分過ぎに先頭から奥へと動きだし、ようやく平成館の前に到着。平成館の前庭をぐるりとU字に回る格好に並ぶ。今までこんなに遠回りして並ばされたことはなかった。とにかく北斎展よりも、日本国宝展よりも混雑しているのだ。
行列

めでたく入場を果たすと、まずは左手の第2会場(第1室)へと向かう。ほぼすべての人が、数珠つなぎのままに第1会場へ流されているようす。入り口にはなんと音声ガイドの受付にまで長蛇の列が。これは大チャンスだ。
第2会場は入るといきなり「草創期の薬師寺」とかで、数かせぎの壷やら瓦やらが並んでいる。人は数えるほどしかいない。右手に鰹節みたいな棒が大量に見えてちょっぴり気になったが、一目散に奥へと進む。玄奘三蔵の絵が数点あったが目もくれずひたすら進む。第1室の最後の最後に慈恩大師像があった。国宝だが誰も見ていない。大きな絵なので後からでも見られるだろうと何しろ先へと急ぐ。
果たしてそれは、第2室の奥に、たったひとりで鎮座ましましていたのだった。絵の前にはマニアっぽい男性がふたり、単眼鏡で食い入るようにして見ているだけで、ほかには人はいなかった。どきどきしながら震える手でかばんの中の単眼鏡を探した。

吉祥天像(国宝)
今回の最大のお目当て。相棒は薬師寺で見たことがあるらしいが、自分は初めてだ。話には聞いていたが、それでも思ったよりははるかに小さな絵だった。保護のために極端に照明を落としてあるので目が慣れず、かばんから単眼鏡を出すのにも手間取る始末。てか、あまりに暗くて「これなら図鑑のほうがいいじゃん」とか本気で思ってしまった。
しかし徐々に目が慣れてくるとその気品あふれるたたずまいに感嘆してしまう。単眼鏡で見ると金がかったアクセサリーもよく見える。如意宝珠のグラデーションも惚れ惚れするくらい美しかったが、自分が一番感心したのは右手の下にかかる透明な羽衣だった。ふわふわとしていそうで、天女の羽衣とはこういうものなのだろうと容易に想像できた。奈良時代にこのような透明感を出せる描画の技術があったことも驚きだ(後世の補筆だったりして)。
第2室は平成館では一番狭い部屋とはいえ、そのすべてがこの吉祥天ひとりのために使われていた。一番奥の本物にたどりつくまでの壁には、大写しになった吉祥天の部分画像や映像があった。大行列になったときの時間つぶしのために設けられたものだろうが、参考になる解説があったりしてよかった。
濃密な、とても心地のよい時間と空間だった。それもこれも人が少なかったからだろうが、もうこれだけで観覧料の元はとれたと感じた。
聖観音菩薩立像(国宝)
左手を挙げて右手を垂れ、さらには蓮の花も持っていないという、形式的にはイレギュラーな聖観音。そのためか、文化財の登録名称も「観音菩薩立像」となっている。しかし出品目録、会場の標示も「聖観音」と称してはばからず、そのへんの解説もないようだ。
また、製作年代に諸説あって、日光・月光よりも新しいという説もあるのだが、会場の解説は「製作年代には議論があるが」の一言で片付けてしまったうえで、日光・月光よりも古いと言い切っていた。字数が限られるからしかたないのかもしれないけど、決着を見ていない説の一方だけに肩入れするような解説は、一般向けとしてはどうかと思った。
この像はたぶん過去に見たことがあると思うがよく思い出せない。すらっとしたシンメトリックな姿から法隆寺の百済観音を連想した。真横から見た姿も均整がとれていて美しかった。しかし、今回像をひとめ見たときに「これはあまり好きでないなあ」と感じてしまった。なんか顔が好きになれないのだ。微笑んでいるというより、ニヤけているような印象を受けた。
吉祥天とは違って、人が多かったのが印象を悪くしたのかもしれない。狭いスペースで背面を見ようと人々がぐるぐる周りを回っている。葛西臨海公園水族館の回遊魚の水槽を思い出した。
日光・月光菩薩像(国宝)
ちらし
聖観音からすぐのところに、この展覧会の呼び物となっている日光・月光像が。第4室のほとんどがこの2体のためのスペースとなっている。
この像は薬師寺で何度か見ているのだが、あまり注目して見たことはなかった。しかし今回まじまじと拝んで、確かにすばらしい仏像だと認識をあらたにした。なんといっても、会場の解説にもあったが、肌がすこぶる美しい。1000年以上もお身拭いで磨かれてきたせいもあるかもしれないが、きっと元がいいのだ。しかもこれ、継ぎ足しとかじゃなくて、全体を一度に鋳出しているというのだから、なにしろ相当な技術だと思うのだ。
顔は興福寺の旧山田寺仏頭に似ている。同じ時代の像だからなのだろう。仏頭は男のように見えるけど、日光・月光はより中性的に見える。
ところで、展示方法の目玉として、3mもある仏像をひな壇の高いところから見られるということが喧伝されている。しかしこれがどうにも美しくない。下から見上げられることを想定して造形されたであろう像を上から見るのだから、まあ当然だ。腰のくびれはこの高さからはびっくりするくらいよくわかるのだが、それだけだ。そうだ、きっとこのひな壇は混雑対策に違いない。「普段は見られない位置から拝めます!」とか書いときゃ皆ありがたがるという作戦なのだ。と、生来のアマノジャクが頭をもたげるのだった。
塑像残欠
最初に見て気になった鰹節の正体は塑像の残欠だった。呪術に使う人形のようにも見える。東塔には古くは塑像で構成された涅槃図があったとか。その塑像の粘土の部分が剥落して木心だけが残ったのだった。ということは、きっちりと現存している法隆寺五重塔の塔本四面具は稀有な例といえるのだろう。

八幡三神は過去に展覧会などで見ているし、さほど興味がないのでスルー。ふたたび聖観音にもどって正面からしげしげと眺めたら、なんだか好きになれそうな気がした。吉祥天の混雑度合いには波があって、あとからでもじっくりと見られるときもあった。日光・月光を見て満足してしまうのだろうか、薄暗い吉祥天には興味を示さずちらっと見て通り過ぎてゆく人が多いようだった。
結局全部で3周くらいした。当初あまり期待していなかっただけに、なかなかよい気分で鑑賞できた展覧会だった。でもそれは前売りペア券で@1000円だったからだ。1500円もする当日券だったら激怒していたと思う。
絵はがきはこの展覧会のものではなくて、薬師寺で普通に売っている土産物っぽいものだったので買わなかった。図録なんてもってのほか。そういえば見本を見る気もおきなかったことに今気づいた。
本館と東洋館に寄ってから帰宅の途についた。(東京国立博物館・2008年5月24日観覧)

kubuntu 8.04 hardy をインストール2008-05-31 00:08

新しく買ったデジイチ、OLYMPUS E-510 で撮った jpeg が gimp でエラーが出て読み込めない。どうやら gimp のバージョンが2.4以上でないといけないらしい。使用中の kubuntu 7.04 のリポジトリにある gimp は2.2なので、2.4をソースからビルドしようとするが、それには gtk のアップグレードも必要になる。gtk みたいな基幹をいぢくると、ほかの様々なアプリにも影響が出そう。それならディストロごとインストールしなおした方が良さそうだ。
というわけで、kubuntu じたいを最新版の8.04にすることにした。半期に一度のアップグレードがあったばかりだ(8.04は08年04月リリースの意)。


7.04→8.04へは一足飛びにアップグレードすることはできないので(7.10を一度入れてからでないと8.04にはできない)、最初っからインストールすることにした。
CDイメージをダウンロードして焼いて、パーティション切り直してインストール。しかしこのとき、/dev/sda1 に入ってた Windows をうっかり消してしまった。再インストールしようとしたがなぜかリカバリCDが読み込めない。Linux でパーティションをいじったせいかもしれないが、もう面倒なので Windows はあとまわしにする。
/home はそのまま使う。そのせいか、Desktop が「デスクトップ」と日本語になってしまう糞仕様の影響は受けずにすんだ。英語のまま入れて、あとから日本語化した。

最近のディストロはデフォルトのコンソールエディタが nano なのが気にくわない。速攻で nano を remove。
strigi とかいう見慣れない変なのが入ってたので調べてみると、どうやらデスクトップ検索ツールらしい。そんなもの使わないし、なんかコソコソ動いて気持ち悪いし、挙句の果てに $HOME にデータベースらしきものを2GBも作りやがったので、これまた $sudo apt-get remove strigi-applet strigi-daemon。データベース(.strigi とかそんな名前だったと思う)も速攻削除した。
ほかに kopete や konversation などの使わないアプリをごっそり削除。

一方、gimp, ufraw, imagemagick, jhead, sitecopy, popfile, thunderbird, vlc, xine-ui, bluefish, kazehakase, evince, kooldock, smbfs あたりを apt でインストール。また、opera, truecrypt をそれぞれの本家から deb ファイルを落としてきて dpkg でインストール。
thunderbird は mozilla-thunderbird からただの thunderbird に変わってた。また、popfile はデータベースが /var にあるのをすっかり忘れてて、消してしまった。一から辞書の鍛えなおしだ。ちなみに自分が debian 系のディストロから離れられなくなってしまったのには、この popfile の導入が簡単だから、というのが大きな理由のひとつだ。
で、肝心の gimp は、2.4.5が入って E-510 で撮影した画像もちゃんと読み込めた

kubuntu7.10 ではできなかったことも全部解決。(「kubuntu 7.10 gutsy を(今頃になって)試してみる」参照)
7.10では失敗したハイバネートは問題無し。それどころか、7.04ではたまにパスワードなしで復帰しちゃったときがあったのだけど、8.04ではそんなこともなくて完璧。
compiz もバッチリ。compiz は kmenu の System - Desktop Effects のボタンをぽちっとすると、なんと関連アプリが勝手に入った。その後、compizconfig-settings-manager を apt で入れる(どうせならこれも自動で入れてくれればいいのに)。ccsm も普通に立ち上がり、好みの設定に変更できた。
ところで、件の記事でデスクトップ・キューブが2面になってしまったと書いたが、これは自分の無知で、ccsm の General Option に Desktop Size なる項目があり、ここで数を設定するのだと今回初めて知った。(恥)
scim もまったく問題なし。これなら充分に常用できるので、移行することにした。

dolphin
8.04になって良くなった点は、ssh 通信が速くなったこと。たぶん気のせいじゃないはず。あと、ファイラの dolphin がなかなか使いやすくて気に入った。サイドメニューに「ネットワーク」とかいうのがあって、ここに行くと「Samba共有」なるアイコンがあり、クリックすると Samba のワークグループのコンピュータが表示される。まるで Windows の「マイ・ネットワーク」みたいで、これが Linux とはちょっと信じがたい。ひょっとして、7.04にもあったのか? 今まで一所懸命 $sudo mount -t smbfs -o iocharset=utf8,username=... なんてやってた自分が哀れに思えてきた。
逆に悪くなった点は、マルチメディア関連がちょっと不安定なこと。7.04のときは最強と思っていた vlc が、たまに X ごと落ちることがある。原因は調査中。