KATZLIN'S blog

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西南戦争(中公新書)2008-12-08 21:46

西郷隆盛は不平士族に担ぎ出されて西南戦争を起こしたと学校で習った(ような記憶がある)が、本当にそうだったんだろうか。西南戦争に関してはそんな素朴な疑問を持っていた。


西郷は明治6年の政変に敗れて鹿児島に帰ったあとも、政府からその動向をマークされていたということもあって、その当時の発言が少ないようだ。さらに、開戦以降は発言が極端に少なくなる。彼自身が薩軍の求心力であり存在理由でもあったため、発言はおろか、万一を恐れて行動も制限されていたらしいのだ。
そんな数少ない西郷の発言からは、大義名分にこだわり、またその名分がないことから、はやる士族らを抑えようとしていたことがわかった。つまり、戦争を始めたのは西郷自身ではなく一部の不平士族だった。そして西郷は、蹶起してしまった彼らを見捨てることができずに仕方なく首班の座に収まった、という印象を受けた。

この本は、通常歴史本ではさらっと流されてしまう各戦闘の展開も書いてあって、戦記としてもおもしろいと思う。ただそのせいで時系列が前後してしまうことがあって、戦争全体の流れをつかむにはちょっと苦労した。そのためにも付録かなんかで年表があったりすると理解の助けになったとは思うのだが。

「あとがき」によると、西南戦争に関する新書本はこの本が50年ぶりの発行なんだとか。

(小川原正道著・2007年)(2008年11月6日読了)

戊辰戦争(中公新書)2008-12-13 18:02

サブタイトルが「敗者の明治維新」ということで、新政府(薩長)に敗れた会津などの東北諸藩に注目した本。


戊辰戦争というと、自分にはどうも薩摩・長州×会津・旧幕臣という印象が強い。全体としても、鳥羽伏見の戦い→江戸開城→会津戦争→函館戦争という流れでしか認識していなかった。薩長に敵対したのは会津・長岡と榎本武揚くらいのものだと思っていたのだ。
ところが、実は東北の藩は同盟を組んで薩長に対峙していたことを知った。仙台藩と米沢藩の駆け引きや、大藩の間で揺れ動く小藩の苦悩など、さまざまな思惑が複雑に絡み合って近現代の外交史のようだ。東北戦争前の和平工作のくだりは緊迫感もあって引き込まれた。歴史書じゃないみたいだ。

東北の話に比重が置かれているため、鳥羽・伏見の戦いや函館の戦いなどがあっさりとした記述なのはちょっと残念。まあ紙数の関係上しかたないのだろう。
それでも、榎本武揚らは蝦夷に共和国を作ろうとしていたと言われることがあるが本当にそう考えていたのか、という考察など興味深い話があり、これまた掘り下げたらおもしろそう。

(佐々木克著・1977年)(2008年11月17日読了)

長州戦争(中公新書)2008-12-29 09:17

これは歴史の授業で「長州征伐」として習う内戦についての本だ。筆者に考えがあって、あえてその名称は採用していない。確かに、プロローグにあるように征討する側が敗退した戦争を「征伐」と称するのは名前倒れだと言われればそのとおりだ。なるほど。

サブタイトルが「幕府瓦解への岐路」となっている。そういえば、徳川幕府ってどうして滅びてしまったんだろう。財政難とか外圧とかが考えられるけど、幕府は別に破産したわけじゃないし、外国に占領されたりしたわけでもない。
で、筆者によると、この長州戦争がそのきっかけだったというのだ。


章立ては大きく4つに分かれていて、第一章「長州が政敵になるまで」、第二章「第一次征長」、第三章「江戸と山口」、第四章「第二次征長」となっている。
第二章・第四章はタイトルのとおり。第一章は1860年桜田門外の変のあたりから始まり、禁門の変を経て長州征討令が出るまで。第三章はサブタイトルが「二つの主戦派」ということで、二度の征長の間の幕府・長州双方の動きを記している。
この第三章が非常におもしろかった。長州が戦争を決意して富国強兵の方針を採る過程がよくわかる。幕府側のダメっぷりが対照的に描かれている。第四章にかけて、諸藩が幕府に愛想をつかしてどんどん離れていくのを見ると、政権が滅びるときはもろいものだと改めて思った。

おもしろい本だったが、参照資料に『防長回天史』がやたらと多いのが気になった。
また、ときおり小説のような薫りがする文体はちょっと気になって好きになれなかった。そういやプロローグで伏線を張っているのも文学的だ。あと、戦地の地図が局所的なものばかりなのが残念(しかも見にくい)。まあこれは単に自分が地図好きだからそう感じたのかもしれない。

(野口武彦著・2006年)(2008年12月25日読了)

石田徹也 --僕たちの自画像-- 展2008-12-29 23:36

石田徹也展チケット
石田徹也という画家を知ったのはテレビ東京の番組『美の巨人たち』で、ことし4月のこと。それ以来気になっていたのだが、なんと彼の回顧展が開かれているということを知り、練馬区立美術館まで出かけた。


美術館は西武線の中村橋というところにある。相模国で暮らしてきた自分には池袋より向こうの東京がサッパリわからず(板橋と豊島と練馬がどうもごっちゃになっているみたいだ)、西武線に乗るのも生まれて初めてでまったく土地勘がなかったが、美術館は駅の近くで道標もあって迷わず行けた。
空いてるだろうと思ったらまあまあの混雑ぶりだった。客層は上野あたりの大規模展覧会とは違って美術ファンっぽい人が多くて、落ち着いて鑑賞することができた。

石田徹也展ちらし
チケットにも使われ、前述の『美の巨人たち』で「今日の1枚」としてとりあげられていた「飛べなくなった人」と、ちらしにあしらわている「社長の傘の下」は大のお気に入りだ。どことなく不安気で、どことなくユーモラスでもある。牛丼屋のカウンターに並んだ客がガソリンスタンドの給油ノズルを口に突っ込まれている「燃料補給のような食事」のようなあからさまな諷刺ものよりも、こういう、少し呑気さが感じられるほうが落ち着いて観ていられる。

石田徹也の活動期間は10年ほどで、作品はほぼ年代順に展示されていたのだが、自分は前述の『美の巨人たち』でその生涯を知ってしまっていたために、先に進むにしたがって重苦しさを感じるようになった。死が近づくにつれて、暗く不安なイメージの絵が増えてくる。彼は踏切事故で死んだのだが、これらの作品を見てしまうと、「踏切事故」とは、つまり、まあ、そういうことだと思わざるを得ない。

図録は1,500円だったが装丁がイマイチ気に入らなかったので、画集の「石田徹也遺作集」を買った。あと「飛べなくなった人」の絵はがきを買った。これは所蔵している静岡県立美術館のものだった。
中村橋駅近くのサグーンなるネパール料理屋でカレーのセットを食べ(羊カレーが美味かった!)、池袋で話題のねんりん家でバウムクーヘンを買って帰った。
(練馬区立美術館、2008年12月23日)