當麻曼荼羅なんて、非公開で、一生お目にかかることはないだろうとずっと思っていたのだが、稀に展示されることがあることを知ったのはここ数年のこと。じゃあいつかは見られる日が来るのかなあ、とぼんやり思っていたところ、意外に早くその日がやって来た。早割ペア券を買って心待ちにしていた。
それにしても、どういう都合か知らないが、展覧会期間が夏休み期間とは。織物には暑さと湿気がよろしくないんじゃないだろうか、と相棒に言ったら、冷房効いてるから大丈夫なんじゃない、と言う。そらそうだ。
朝6時半の新幹線で新横浜を出て、京都で近鉄特急に乗り換えて、近鉄奈良へ。酷暑の中を10分ほど歩いて博物館に着いたのは9時40分。大混雑だったらどうしよう、と思っていたが、拍子抜けするくらいひっそりとしていた。平日朝の恩恵か、それともさすがに繍仏はマニアック過ぎるのか。
新館のスロープを進み、2階が展覧会場だ。年配の客が多かった。
- 天寿国繍帳(中宮寺・国宝)
- No.3-1。会場に入るとすぐに天寿国繍帳が。京都の国宝展で見たばかりと思ったが、よく考えたらあれからもう8カ月くらい経っている。
壁面の展示ケースではなく、四角柱のケースに展示されていたため、ガラスから作品がそんなに離れていなかったので、京都のときよりも間近に観ることができた。四角柱ケースの他の面には見所の説明パネルが。鎌倉時代の補修より、飛鳥時代のオリジナルの方が色が褪せずにいるのは京都で学んだ。
- 天寿国繍帳残欠(中宮寺・国宝)
- No.3-2。天寿国繍帳の切れ端がたくさん展示されていた。切れ端と言えど色鮮やかなのは、飛鳥時代の織だからなのだろう。
- 上宮聖徳法王帝説(知恩院・国宝)
- No.12。未見の文書なのだが、これがなぜ「糸のみほとけ」展に出るのか。事前に解説本を見てもわからずモヤモヤしていた。正解は、文中に天寿国繍帳に関する記述があるからとのことだった。この文書は聖徳太子に関するもの。天寿国繍帳は聖徳太子を偲んで作られたものなので、なるほどなのだった。
- 綴織當麻曼荼羅(當麻寺・国宝)
- No.30。ふと見上げると、壁面に巨大な茶色い四角が。心の準備ができる前に不意に遭遇してしまった。予想通り、何が描いてあるんだかよく見えない。中央の如来のお顔と、その下部に中品上生とか下品上生とかいう字が見て取れるくらいだった。双眼鏡で見たが、それでもよくわからない。
そもそも綴織とはどういう織なのか。その解説が向かって左にあった。綴織ならではのなめらかな表面のせいで、かつてはこの曼荼羅が織物ではなく絵画なのではないかという論争もあったという。確かに絵のように見えなくもない。何百年も経って傷んで識別が困難だったのだ。でも今の技術で細部を拡大して見ると、菩薩の鼻梁あたりにいかにも織物らしいギザギザが確認できる(写真が展示されている)。で、そのつもりで再び曼荼羅を双眼鏡で見てみる。でも結局、双眼鏡のレベルじゃそこまでわからなかった。
- 綴織當麻曼荼羅 部分復元模造(川島織物セルコン)
- No.31。現代の職人が綴織の技法で當麻曼荼羅の一部を復元。美しい。願わくば全体を、と思ったが、この菩薩頭部だけでも40日かかっており、全体となると8年かかるとか。それを考えると、たった一晩で織り上げた中将姫の技術はまさに神業だ。なお、この製作作業のようす(つまりメイキング映像だ)が映像コーナーで見られた。
- 刺繍釈迦如来説法図(奈良国立博物館・国宝)
- No.41。反対側の隅に、もう一つのお目当ての刺繍釈迦如来説法図があった。こちらは綴織とは違う織の技術(鎖繍とか相良繍とか)が使われていて、立体感があった。後光の色のグラデーションが素晴らしかった。これは見に来た甲斐があるというものだ。
- 刺繍普賢十羅刹女像(宝厳寺・重文)、普賢菩薩像(奈良国立博物館・重文)
- No.43、44。繍仏じゃない絵の普賢菩薩(No.44)がなぜ展示されてるんだろう、と思ったら、すぐ隣の43との比較なのだった。背景の細かな違いはあれど、仏本体のサイズがまったく同じ。どちらかが一方を模写したのは明らかだ。
- 刺繍文殊菩薩騎獅像(大和文華館・重文)
- No.47。獅子のたてがみが刺繍で立体的に見える。文殊の繍仏はこの1枚しか現存しないのだという。
- 髪繍阿弥陀聖衆来迎図(金剛寺)
- No.102。阿弥陀からビームが発射されている普通の来迎図のように見える。が、如来の螺髪と菩薩たちの輪郭線は髪の毛を縫い込んで描かれていて、立体的だ。
展覧会では、髪の縫い込む繍仏でも1コーナーできていた。つまりそれほど遺例があるということだ。
- 刺繍當麻曼荼羅(真正極楽寺)
- No.105。當麻曼荼羅を江戸時代に刺繍で復元したもの。刺繍なので本来の綴織と違って表面が凸凹しているのだが、曼荼羅の全体をつかむのによい。
1周して気付いたら昼間近だった。来る前は1時間くらいでさっさと見終えてどこか寺でも拝観に行こうと思っていたが、それは甘かった。展覧会ちらしには「織物や刺繍で仏の姿や浄土を表した作品があることをご存知ですか」とあるが、當麻曼荼羅と刺繍釈迦説法図くらいしか知らなかった。それがひとつの展覧会が開けるくらいたくさんあることを知ったのは、大きな収穫だ。
気付いたら会場は外国人だらけだった。東洋人だけでなく白人も多かった。彼らは日本人ですらろくに知らない繍仏(そもそもこの「しゅうぶつ」という単語だって、フツーは知らないだろう)を日本の想い出として持ち帰るのだろう。帰国した彼らは知人に「日本って、刺繍のブッダがいっぱいあるんだぜ」とか言うのだろうか。
全体をもう1周したあと、さらに當麻曼荼羅と刺繍釈迦説法図をもう一度見直してから会場を出た。絵ハガキを5枚買った。アップのものは繍い目がよく見えてイイ。
時刻は正午を過ぎていた。奈良博の食堂はカレーとオムライスくらいしかなさそうだったので、激烈な暑さの中を夢風ひろばまで行き、黒川本家で「葛匠」ランチセットを食した。
ビールを飲みたかったが、この暑さでは熱中症が心配なので我慢した。そういえば今回帽子を持ってくるのを忘れた。すぐ目の前にモンベルの店があったので帽子を買った。再び博物館に戻り、仏像館の仏像を見た。岡寺所蔵の義淵僧正坐像(国宝)が初見だった。大好きな室生寺の釈迦如来像(国宝)も昨年から同じ場所のままにおわした。
15時過ぎまで博物館にいて遠出ができなくなったので、すぐ近くの興福寺国宝館に寄ってから宿に向かった。
(奈良国立博物館・2018年7月27日観覧)