KATZLIN'S blog

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ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳わたしの国貞2016-05-18 19:43

国芳・国貞展看板
ボストンから、国芳と国貞の状態のよい浮世絵が里帰りという話だが、なんかビミョーな気が。国芳は好きな絵師とはいえ、没後150年(2011年)の展覧会が印象にあり、またか、という感じが否めない。一方、国貞はちゃんと見たことがなくてなんかピンと来ない。うーん、早割ペア券なら一人1000円だし、まあ見に行ってみようかなあ、というゆるい期待感のまま、ペア券を買って会期を待ち構えた。


GWの美術館はどこも大層な混雑というニュース。最終日の日曜はどうだろうか。
bunkamuraには9:45頃に到着。ざっと数えたところ、50番目くらいだった。暑い初夏の朝だったが、屋根の下には余裕で入れた。10時2分前くらいに扉が開いたが、この時点で列は倍くらいに伸び、最後尾は屋根からはみ出すほどだった。
下に降りてからチケットを持っている/いない列に分かれるが、チケット窓口には結構な列ができていて、ちょっと意外な感じがした。持っている方は列にもならず、我々はスムーズに入場できた。
猫又

国芳もやう正札附現金男 野晒悟助(国芳)
No.7。猫でできた髑髏模様の衣装の大首絵。チラシの「江戸時代から髑髏好き」というやつだ。国貞の「当世好男子伝とうせいすいこでん」シリーズ(No.8〜10)、「当世三極志」(No.11)もそうだけど、鬢の透かしの表現が細かく、耳が透けて見えるのが美しい。
木曾街道六十九次之内 細久手 堀越大領(国芳)
No.30。背景の雲と山が髑髏と磔。髑髏はともかく、磔が浮遊霊みたいでなんか怖い。
水瓶砕名誉顕図みずがめをくだいてめいよをあらわすのず(国芳)
No.39。いかにも国芳らしい、勇ましい武者絵。柴田勝家が馬で敵を蹴散らして突き進む姿のアップ。敵が空中に飛び散っているのがより疾走感を出している。現代の漫画によくあるような演出だ。
二代目岩井粂三郎の揚巻、七代目市川團十郎の助六、三代目尾上菊五郎の新兵衛(国貞)
No.41。国貞の役者絵は、小品によいものがあった。助六は内容を知っているというのも、楽しめた理由かもしれない。統一された桜花のバックで、花びらの凹凸が3Dでよい。空摺りという技法だそうで、会場出口に技の紹介ビデオがあったので、それで知った。
大当狂言ノ内 八百屋お七 五代目岩井半四郎(国貞)
No.48。目千両と呼ばれ、目がチャームポイントという岩井半四郎。でも目ん玉出過ぎでなんか怖い。髪の生え際に線があるのはカツラの表現だとかいう話。
「金神蝶五郎」初代坂東しうか、「本町綱五郎」八代目市川團十郎、「放駒の蝶吉」三代目岩井粂三郎、「幻竹右衛門」初代坂東竹三郎、「鹿の子寛兵衛」三代目嵐璃寛(国貞)
No.55。5人の服は揃いで白地に紫色の模様。この模様は人物にちゃんと合わせてあって、綱五郎は綱のデザインだったりする。背中に挿した団扇は半分見えていて、名前の一文字が書いてあるのが分かる。江戸っ子がこういうのをカッコいいと感じるのが分かる気がする。
「御誂三段ぼかし」(国貞)
No.59。赤と緑の役者の家紋(どうやら替紋らしい)があしらわれた、現代でも通用しそうなポップな揃いの背景が素晴らしい。手拭いの使い方は5人それぞれで、そういった対比も面白い。上述のNo.55と、この作品を含むNo.58からNo.62までは、何しろデザインが秀逸。この一角まで来たところで、この展覧会を見に来た甲斐があったと思った。今まで国貞をちゃんと見たことがなかったが、認識を新たにした。
田子のうら風景(国貞、広重)
No.141。国貞・広重のコラボ作品。3連の左が広重の描く漁師だが、この人物画がいかにも広重で(五十三次でよく見る目が点の人たち)、国貞とのレベルが違いすぎ。広重だけで完結していれば何とも思わないのに、並べると違和感ありまくりで笑っちゃう。というより、広重はやはり風景画の人で、景色を引き立たせるには人間の描写はこの程度でいいのだ。それを国貞の人物が主役の座をかっさらってしまったということなのだろう。「山城 宇治川蛍狩之図」(No.145)も同様。
初雪の戯遊(国芳)
No.154。猫雪だるま。とは言うものの、脚を踏ん張ってすっくと立っているところは、ダルマじゃないよなあと思ったり。図録の解説によると、当時の江戸ではミミズクやら犬やら、いろいろな造形の雪だるまを造るのが流行したとかいう話。しかもこの猫雪だるま、かなりでかそうだ。
「松葉屋内 粧ひ わかな とめき」、「中万字や内 八ツ橋 わかば やよひ」、「扇屋内 花扇 よしの たつた」、「姿海老屋内 七人 つるじ かめじ」、「弥玉内 顔町 まつの こなつ」(国貞)
No.155。ベロ藍の藍摺絵で、染付の焼き物を連想した。モノトーンなのが印象的だが、自分にはやはり普通の色とりどりの絵の方が好みだ。

会場を2周した。入場したばかりの時間帯は、まあまあ空いていてゆったり鑑賞することができたが、11時を過ぎるとなかなか混み合ってきた。
色が美しいのは評判通りだし、何よりも折り目もないようなピカピカの絵ばかりで、素晴らしい浮世絵展だった。特に、国貞の役者絵の魅力を知ることができたのがよかった。自分は美人画には興味が持てないのでスルーしてしまったが、美人画ファンの相棒が言うには、モデルのファッションがさまざまで、面白かったという。
国芳の野晒悟助(No.7)の絵ハガキと図録を買った。図録を買った決め手は、国貞「御誂三段ぼかし」(No.59)が見開きで大きく掲載されていたこと。ガチャガチャは猫又、猫骸骨、骸骨下駄の3種類だが、2回やったら猫又と下駄が出た。このどちらかが欲しかったので、ちょうど良かった。
ドゥ・マゴのランチ
美術館と同じフロアのドゥ・マゴでランチをいただいてから(カレー風味のソースが美味かった)、渋谷を後にした。いいものを見て、美味いものを食った充足感に満たされた。
(Bunkamura ザ・ミュージアム・2016年5月8日観覧)

慈光寺 --国宝法華経一品経を守り伝える古刹2015-11-10 22:21

慈光寺展
埼玉県にある慈光寺の国宝一品経が、修理完了記念とかで全33巻が一挙公開されるという。これは大チャンスでぜひ見てみたいが、慈光寺とか遠そうだしどうしようとか思っていたら、大宮にある埼玉県立歴史と民俗の博物館での展示だとか。大宮なら日帰りでじゅうぶん行ける。
展示は前後期で半分ずつという。前後期とも観るのが最良だが、どうしたものか。後期にだけ行って「あー前期も見ておけばよかった」となるよりはと、まずは前期に行くことにした。


家から大宮までは電車を乗り継いで2時間くらいかかる。開館はなんと朝9時だが、いくらなんでもそれは早すぎる。上野とかの大展覧会と違ってそんなに混んでないだろうと、家を8時に出て10時くらいの到着を目指した。大宮で東武野田線に乗り換え、大宮公園なる駅で降りた。大宮公園駅は、大宮駅からわずか2駅なのに、見るからに地方の駅といった雰囲気の閑散とした小駅だった。博物館へは案内看板があって道の心配はなかった。そば屋の角を曲がり、ラブホの前を通って公園の隅っこにある博物館に着いた。

いかにも70年代ころの公立の建物っぽい博物館は(前川國男設計だと後から知って、なるほど、と思った)、異様に静まりかえっていた。そう、がらっがらなのだ。ほどほどの広さの展示室には観覧客は10人もいなかった。

修理を終えた装飾経は美しかった。先頭は序品で、金の料紙に金泥で経文が書いてあった。
特に気に入ったのは序品のほか、シックな色合いに派手な金泥の勧持品。あと、行と行の境界線が二重になってたりする提婆達多品。このデザインは今風で斬新な印象を受けた。
いくつかの巻が失われたのは残念だが、江戸時代に田安家が追補したとかで、そういった巻は見返しがただの金箔になっていた。後期に展示予定の巻は廊下にパネルで掲示されており、楽しみではある。

常設展ではなんと岩佐又兵衛が描いた三十六歌仙額絵(重文)が展示されていた。この絵が奉納されている拝殿は通常は閉めきっているからか、保存状態が素晴らしかった。またそのため、普段滅多にお目にかかれない代物なのではないかとも思った。36枚を12枚ずつ3回に分けての展示。この日は中期の12枚だった。
岩佐又兵衛を意識して見るようになったのは漫画「へうげもの」を読んでからだが、やっぱり奴は天才だ。輪郭線がくっきりとしているのが現代の漫画にも通じるような気がする。これ見ると、へうげものの作品中の又兵衛の絵が本物を踏まえて描かれていることがよくわかった。
他の展示もなかなかのボリュームだったが、展示品のほっとんどが複製品だったのはいただけない。そんな中で、縄文時代の埼玉に海があったことを知ったのは大収穫だった。

思わず図録を買ってしまった。なんだかんだで博物館を出たのは12時過ぎ。え、2時間もいたのか。

天ぷら蕎麦
往きに通った角のそば屋「あざみ」で埼玉の酒「神亀」をちょい呑みしつつ蕎麦を食ったあと(旨かった)、ぶらぶら歩いて鉄道博物館に行った。

鉄道博物館は一度は行ってみたかったところ。0系新幹線以外にも、ゴッパチやらロクロクがあって懐かしかった。実家が東海道線沿いで、近所の子供たちは、こういった電気機関車(が牽いていた貨物列車)を眺めていたものだ。手を振って、運転手に振り返してもらうとそれはそれは嬉しかった。
ロクロク
ランチトレインにはディスカバージャパンの頃のキャンペーン広告が貼られていて、鎌倉の旅の広告が「冷房車が走っています」というのが新鮮だった。ここにも結局17時半までいて、新宿で食事をしてから帰宅したのは23時近くになってしまった。
(埼玉県立歴史と民俗の博物館・2015年10月24日観覧)

ユトリロとヴァラドン 母と子の物語2015-07-18 22:27

ユトリロとヴァラドン
ユトリロだけの展覧会だったらまず行かなかっただろう展覧会。ユトリロは暗い壁ばかりで好きでない。まったく興味がなかったが、相棒の職場の同僚の評価は高いという話だった。
そうこうしているうちにぶら美で取り上げられた。興味のないままに番組を見たら、ユトリロはともかく、ヴァラドンが良さそうだ。展示リストによるとユトリロ:ヴァラドン比はほぼ同数で、ヴァラドンはおまけ、ということはなさそうだ。さらにリストをよく見ると、ポンピドゥーセンター所蔵の作品が結構ある。へえ、だったら行ってみるか、という気になった。

スマホでチケット情報を探していたら、tixee なるもので前売りと同額で販売というので、勇気を出して使ってみた。「電子もぎり」って何だそりゃ?


夜間開館日である金曜にちょうど東京出張があったので、仕事あがりに相棒と落ちあい、大雨の損保ビルへと向かった。予想どおり、人は少なかった。
受付で恐る恐るスマホ画面を見せると、係員氏は tixee のシステムを知らず、ぱらぱらっとマニュアルを見たあと、裏に聞きに行った。もう一人係員氏が出てきて、無事に入場の運びとなった。うん、確かにこれは電子「もぎり」だ。

入り口から展示室への導入にはヴァラドンを中心とした相関図が掲示されていた。全盛期のトレンディドラマのようだ。
以下、印象に残った作品はすべてヴァラドンのもの。

画家の母
No.21。この場合の「画家」はヴァラドンのこと。顔の皺の深さが絶妙だった。
モーリシア・コキオの肖像
No.29。服の裾の垂れた飾りの描写に惹かれた。
裸婦の立像と猫
No.34。浮き出た背骨がシンプルな表現ながらもリアルに感じた。
黒いヴィーナス
No.35。ぶら美では、ゴーギャンみたいだという評価だったが、確かにモデルもポリネシア系だし、そう思える。この絵は縦が160cmあり、会場内でも一番大きいクラスで、人物もほぼ等身大だ。そして、上手い。
コルト通り12番地、モンマルトル
No.36。人物画中心と思ったら、風景画もなかなかイイ。
ユッテルの家族の肖像
No.39。3人並んだ表情の乏しい人物たち。キスリングに似ているような、似ていないような。
長椅子に座る裸婦
No.41。肌の色がブルーがかってて独特。
チャールズ・ウェイクフィールド=モリの肖像
No.42。椅子に肘をかけポーズをとる禿げた丸顔のおじさん。他の作品と違い、顔の輪郭の線が細めなのがまたいい。
窓辺のジェルメーヌ・ユッテル
No.44。チケットにあしらわれている作品。窓辺でいすに座り、窓枠に肘をかけて外を眺める女性の絵。緑の髪が美しい。窓外の緑ともマッチしているようだ。
自画像
No.45。鏡に写った自画像。線の使い方が上手いと思う。結構エラがはってる。

ヴァラドンのことは、これまで知らなかった。ひょんなことから好みの画家を知れたのが、なんか嬉しい。ぶら美でもデッサンが上手いと絶賛していたがそのとおり。静物画なんかも上手い。
この展覧会も、よくよく見るとサブタイトルに小さく「スュザンヌ・ヴァラドン生誕150年」とか入ってた。そういう点で、ヴァラドンひとりの展覧会にしたいけど、日本では知名度が低いからユトリロとセットにしたのだろうと思った。いや、待てよ、逆に、ユトリロひとりの展覧会にしたかったのに、数が集まらないからやむを得ずヴァラドンをセットにしたのかも知れない。そう、なんてったって、ここは安田火災東郷青児美術館なのだ。

ユトリロは流してチラ見だけした。やっぱり、風景がしっかりしているのに、その中の人物が子供のお絵描きなのが残念。ただ、薄暗い白い壁の印象しかなかったところ、色彩の時代とかいうのもあったのが意外だった。

図録を買うともれなくユトリロが付いてしまうので、絵ハガキを5枚買った。でも、うち1枚はユトリロの花の絵にした。新宿3丁目まで行ってお気に入りの店で夕食をとってから帰った。
(損保ジャパン日本興亜美術館・2015年6月19日観覧)

マグリット展 と ルーブル美術館展2015-06-14 22:49

マグリット展

またマグリットかよ、と今さら感たっぷりな気がしたが、回顧展は実は13年ぶりなんだとか。そうか、シュルレアリスム展とかそういうので数枚見たりしてただけで、ちゃんとしたマグリット専門のはやってなかったんだ。むう、では、見なければなるまい。
前売券をネットで購入し、開催を待つこととした。

朝、出かける間際にチケットをプリントしてよく見たら、土日は混むから平日又は夜間がおすすめと備考欄に書いてあった。夜間は金曜だけじゃなくて、日は限られているが、土日にもあった。お、ちょうど今日、夜間開館日じゃん。というわけで、勧められるままに、夜間に行くことにした。
半券の提示で同時開催のルーブル美術館展が100円引きになる。そっちはすげー混んでそうだけど、夜、もし空いてたらついでに見てみるか。


美術館には16時過ぎに着いた。ルーブル展の入場待ちの行列が、1階を埋め尽くしていた。ちょっと喉が渇いたので地下に行ってアイスコーヒーなどを飲んでから、会場に入った。中はさほど混んでいなかったが、とにかく寒かった。係員が巡回しながらショールを貸し出しているくらいだ。
お馴染みのマグリットである。がっつかずに、テキトーに流し見すればいい。大事なのは、このマグリットに囲まれた空間を楽しむことなのだ。などと呑気に考えていたら、のっけから見たことのない作品が並ぶ。内容も、油絵やグワッシュが並んで重厚だ。会場に入るまでは図録を買う気はなかったが、もう速攻で購入することに決めた。

初めて見た作品では、ガラスの鍵がとても気に入った。岩稜の並ぶ高山の奥にマグリット的な卵型の巨石が置いてある(というか、乗っているというか)図である。巨石のポジションがあまりにも自然すぎるのがツボにきた。マグリットの巨石といえば、画面の大半を占めていることが多いが、これはほどよいサイズで、そのためにそこにあるのが当たり前のように見える。高山の空気感もリアルだ。

他には、旅の想い出。室内に佇む人とライオン、その他すべてが石である。無機質なようでいて、不思議と温かみも感じる。石の質感の表現が上手いんだなあとあらためて思った。

見知った作品も多数。白紙委任状アルンハイムの領地大家族あたりの安定感はさすがだ。横浜美術館所蔵の青春の泉王様の美術館の2枚も、これほどの質量の展覧会の中でも存在感があった。
青春の泉

「光の帝国」は、22枚も描かれているが、今回来ている光の帝国IIはその中でも特に昼と夜のバランスが素晴らしいものだと思う。1994年展(新宿三越美術館)のは街灯が中央にあって構図が不安定だし、2002年展(Bunkamura)のは夜部分が多すぎて濃い。

これまた何枚も描かれているイメージの裏切りは会場の最後にひっそりと1枚。画中のキャプションは定番の Ceci n'est pas une pipe ではなく、Ceci continue de ne pas être une pipe だ。訳すと「これはいつまでもパイプではない」という感じだろうが、シュルレアリスム風に言うと「これはパイプではない続ける」だろうか。

一方で、自分の一番のお気に入りの心の琴線(山より大きなシャンパングラスに雲が入ってる)がなかったのは残念。そういえば、定番ものでもリンゴのモチーフがほとんどなかった。仮面を着けたリンゴとか、部屋いっぱいの巨大リンゴとか。

18時を過ぎるとめっきり人が減った。たっぷり2時間半かけてじっくり3周した。重厚なマグリット空間は素晴らしく、よい展覧会をじっくり見たあとの心地よい疲労を覚えた。それもそのはず、展示作品数は130近くもあったのだ。ちなみに過去の回顧展と比較しても、2002年展は93、1994年展は94(デッサンや瓶などを除いた数)で、今回が頭抜けて重い。
図録の他に、絵ハガキを3枚と、紳士型のブックマーク、トートバッグ、それに相棒のリクエストでゴルコンダのクッキーを買った。
19時に会場を出ると、長かったルーブル展の列が解消されていたので、当初の狙い通り、寄ってみることにした。


ルーブル美術館展

フェルメールは別に好きでないし、田園風景の絵にも興味なし。真の狙いは、ブリューゲル(父)である。マグリット展の半券で100円引きになるし、もし空いていたらついでにブリューゲルだけでも見てやるか、くらいな心構えだった。
新美術館に着いた16時ごろはチケット購入40分、入場40分の待ちであった。広々とした美術館の1階ロビーは、行列で埋め尽くされていた。
ルーブル美術館展の行列
マグリット展を見終えた19時には、行列は解消されていた。これなら合格だ。100円引きでチケットを買って、入場した。

それでも中はまあまあ混んでいた。行列とはいかないまでも、それぞれの作品の前には人だかりが出来ていて、中々近寄れない状況だった。やはりフェルメールは混んでいて、作品前では、遠目から動かずにじっくり見る人と、列を作って動きながら間近に見る人とに交通整理がされていた。とりあえず、動く方の列が短かったので、並んで近くで見た。
フェルメールは初めて見た(たぶん)。これはいい絵だ。「美の巨人たち」ではソフトフォーカスがどうとか言っていたが、確かにそんな感じの絵だった。正直言って何でフェルメールがやたらともてはやされるのか今までさっぱり分からなかったが、納得した。これは道理で人気があるわけだ。

ムリリョの有名な少年は、虫が結構グロかった。そして思ったよりも大きい絵だった。

徴税吏たちがあった。このひん曲がった口がいい。見覚えがあるが、どうして自分がこの絵を知っているのかが思い出せない。昔の友達に街でばったり会った感じだ。顔も名前もちゃんと覚えてるんだけど、えーっと、高校のクラスが一緒だったんだっけ、それとも委員会だったかな。散々考えたが思い出せず、帰って調べたら、どうやらリヒテンシュタイン展で見たのと同じだった。どっちかが模写してるのか。え、リヒテンシュタインのはマセイスですか。マセイスといえば、この展覧会の呼び物のひとつ、両替商とその妻の作者ではないですか。へえええ。

象狩りの象が笑える。眼が赤く光って、凶悪な顔付きなのだ。象の眼は顔の左右にあるはずだが、この絵では人間のように、正面に付いていた。画家が象を見たことないのは間違いない。そこいくと、本邦の普賢菩薩が乗ってる象はもっとちゃんと象っぽい気がするような。古の仏師たちだって、象は見ていないはずだ。

で、本当のお目当ては、ブリューゲルなのである。この物乞いたちは、ルーブルが持っている唯一のブリューゲルなんだとか。ウチの画集では白黒ページに載っているので、カラーは初めてだ。いざりというモチーフはブリューゲル作品にはよく登場するようで、広場でやたら大勢が描かれているような絵の隅っこにいたりするが、ここでは彼らが主役だ。19時半になると新規入店の人がいなくなり、入り口に近いこの作品を独り占めできた。

駆け足で2周したあと、19時40分ごろ会場を出た。フェルメールと両替商とブリューゲルの絵ハガキを買った。ショップはちょっぴり行列ができていた。
美術館のあとは、すぐ近くにある佐藤陽一ソムリエの店「マクシヴァン」で、ワインと料理を楽しんだ。
(国立新美術館・2015年5月30日観覧)

特別展「鳥獣戯画-京都 高山寺の至宝-」2015-05-10 23:35

鳥獣人物戯画は、前年の京都展のとき、京都に行って見ようかと思っていたところ、上野にも来るというので思いとどまった経緯がある。しかし京都での大混雑を知り、そんなんなら行かなくていいや、というヌルい考えでいた。

ところが、鳥獣人物戯画とは関係ないところで、東博本館の新指定国宝・重文展示に病草紙がお目見えという。
自分は美術好きではあるが、画集はたった4冊しか持っていない。で、そのうち2冊が日本の絵巻シリーズ「鳥獣人物戯画」と「餓鬼草紙・地獄草紙・病草紙・九相詩絵巻」である。つまり、東博で、この2つが同時に見られるということなのだ。なんか、見に行くほうがいいような気がしてきた。
(ちなみに、残りの2冊の画集はマグリットとブリューゲルで、2015年5月は、なんとこの4冊すべての絵が東京で展示されるという、個人的には惑星直列なみの巡りあわせの月なのである)

しかも、よくよく調べたら、鳥獣人物戯画については、前期だけだけど、断簡が勢揃いするという話。どうやらアメリカに渡ったものも里帰りするという。これってすっごいチャンスなのでは。
特に相棒は鳥獣人物戯画を見る気満々で、金曜の夜間開館を狙えばいいんじゃないかという話になり、仕事を早退けして上野に行くこととなった。


表慶館と看板
東博入館は17時半頃。会場の平成館への入場制限はなかった。半券を提示すれば再入場は可能というので、とりあえず鳥獣戯画展に入場。いつもは2階の南側のホールにある展覧会グッズ売り場は1階に置き、替わりに内臓のようにぐねぐねとした甲巻待ちの行列ができていた。
甲巻は120分、丁丙乙巻(ヘンテコだがこの順序に並んでいる)は30分の待ち列となっていたので、列のないものから見ることにした。やや遅れて相棒が到着した。華厳宗祖師絵伝といった国宝もあるが、鳥獣戯画の行列を考えると、なんか気が散ってしまう。

華厳宗祖師絵伝 義湘絵(高山寺・国宝)
No.105。一部屋丸々がこの絵巻の展示だった。絵もそんなに上手くないせいもあって、全場面展示は冗長すぎて、名シーンだけでいいと思ってしまった。だから空いているのかも、という気がしないでもない。そういう意味では、鳥獣人物戯画の引き立て役となってしまっているかもしれない。鳥獣人物戯画が気になったこともあるが、ここはすっ飛ばしてしまった。
鳥獣人物戯画断簡(東京国立博物館)
No.118。ずいぶん前だが東洋館の地下で見た記憶がある。田楽を描く甲巻16紙の前に入るという。この他にも失われた図があるという。この断簡を欠いて甲巻を継ぎ合わせた編集者が上手いなあと思うのだった。
鳥獣人物戯画断簡(個人)
No.119。益田家旧蔵。益田って?? と調べたら、実業家にして茶人の益田鈍翁とのこと。軸装としては横長すぎるという。レースで劣勢の猿が兎の耳を引っ張っちゃう描写なんかは、もう名人芸だ。こういう「あるある」な感じが、この絵巻の(特に甲巻の)魅力なんだろう。そういや甲巻の兎と蛙の相撲シーンでも、兎は耳をかじられているが、やっぱり弱点なのか。
鳥獣人物戯画断簡(個人)
No.120。アメリカからの里帰り断簡。鹿に振り落とされた猿のこの表情はどうだ。そういや甲巻で背中を痛めて柄杓の水で冷やしてもらっているのも猿だっけ。
鳥獣人物戯画断簡(MIHO MUSEUM)
No.121。この断簡は親子の描写が多いという。確かに。蛙親子の肩車がほんわかして凄くイイ。蛙の子ならオタマジャクシじゃないとおかしいとか、そういうツッコミは無粋である。昭和に発行された当家所蔵ウチの画集には「東京某家蔵」とあり、No.120とのつながりを暗示している。曰く、中央の驚いた猿の視線の先にはNo.120で猿を振り落とした鹿がいるというのだ。
鳥獣人物戯画断簡(MIHO MUSEUM)
No.122。丁巻の断簡。これは昭和の当家所蔵の画集には載ってない。4つの甲巻の断簡に比べると、やはり面白みに欠ける。
明恵上人樹上座禅像(高山寺・国宝)
No.25。自分にとっては、どっかで見たはずだが思い出せない、もしかしたら見たことないのかも知れない、という印象の絵。有名な隠れリスの居場所は解説パネルでばっちり分かっちゃうので謎解き的な趣向はイマイチなのだけど、リスがいる理由についても書いてあったのでまあいいか。
仏眼仏母像(高山寺・国宝)
No.49。白い美しい絵。余白の讃がどうとかはあまり興味がない。

18時過ぎに平成館を出て本館に行き、通常展と平成27年新指定国宝・重文の展示を鑑賞。彫刻部門が素晴らしいが、やっぱり鳥獣戯画展を考えて気が散ってしまった。

木造虚空蔵菩薩立像(醍醐寺・国宝)
平安時代の檀像。衣紋が見事。でっぷりとした躰がいかにも平安な仏像だ。どっかで見たことあるなあと思ったら、過去に東博「仏像展」でも見た、今まで聖観音として知られていた仏像のようだ。このときのチラシに横顔が載っている。
木造弥勒仏坐像(東大寺・国宝)
「試みの大仏」として有名な像。これまた平安仏っぽいおおらかさがイイ。これまた過去に東博「仏像展」でも見た。これまたチラシに横顔が載っている。ん、てことはこれまた一木なのか。
木造二天王立像(荒茂毘沙門堂管理組合・重文)
これも平安時代の仏像。平安期の天部の像はそんなに怖くないような気がする。にしても、これだけの平安仏が並ぶと、特別展のようなクオリティになってしまうのが凄い。まあ、だからこそ文化財に指定されたってことなんだろうけど。
病草紙断簡(文化庁、九博・重文)
全5点。当家所蔵の画集によると、病草紙には22編があるようだ(最近の説では21か?)。で、この展示はすべて画集にはないものばかりだった。なわけで、見て「あれ、知らないのばっかり」と、がっかりしたような、逆に新たなものを知って嬉しいような。「口より屎をする男」の詞書はまあまあ読めたものの、あとはちょっと難しかった。
土偶(富士見町井戸尻考古館・重文)
なんとも愛らしい土偶。先般の日本国宝展で土偶がフィーチャーされた記憶も新しいので、ちょっとツボにきた。重文指定の理由のひとつに保存状態がよいことがあげられている。
法隆寺金堂壁画写真ガラス原版(法隆寺・重文)
仏像写真では有名な便利堂の撮影した写真の原版。このまま焼失した壁画の画集が出版できそうな。
ヱーセルテレカラフ(個人蔵・重文)
幕末のもので、最古の国産電信機とのこと。電信機ってことはモールス信号とか、電報みたいなことができるわけ? それが幕末に、国内で作られていたってこと? ん、電信ってことは電気はどうしたんだろう?
いろいろ疑問や興味が湧いてはくるものの、モノが置いてあるだけで仕組みが分からない。管理している諫早市美術・歴史館ではレプリカを動かせるらしい。そういえばファクス機を実用化したのって日本が最初なんだったっけ。そういう技術の系譜の始まりってことなんだろうか。

本館を出て18時55分に平成館に戻ると、入場制限が始まっていた。
兎や猿の戯れる平成館前の池
入場に40分、甲巻が120分、丁丙乙巻も70分とか。全部見たらあと4時間弱かかる。最後は23時とか、これホントかね。もうこれで自分は鳥獣人物戯画は見る気がなくなった。係員は、20時を鳥獣戯画展への最終入場時間とすると案内していた。21時には他の展示は閉めるが、それまでに甲巻の列に並べば、見終わるまで開けているとのこと。だから、20時までに入って、まず他の展示を見てから最後に甲巻に並ぶように、と。

コーンがうら寂しい平成館前広場
入場には実際は30分もかからなかった。相棒が丁丙乙巻に並び、自分は別れて再び断簡を見た。このときは断簡前はほとんど人がいない状態で、心ゆくまで堪能できた。
またまた平成館を出て中庭で夜風にあたったあと、20時ちょっと前にまたまた平成館に戻った。このときはさすがにもう入場規制はなかった。2階に上がって待合のソファでまったりした。丁丙乙巻を見終えた相棒は20時24分に甲巻の待ち列についた。110分待ちの表示だった。ソファで本を読んだりしていたが、ふと、21時ぎりぎりに丁丙乙巻を見るといいんじゃね? と思い、20:50に行ってみたら、最後の10人くらいの固まりに入った。

鳥獣人物戯画 丁丙乙巻(高山寺・国宝)
No.117〜115。閉展間際ではあったが、じっくり鑑賞できたのはよかった。甲巻は数回は見た記憶・記録があるが、もしかしたら丁丙乙巻を見たのは初めてなのではないかという疑惑が生じた。甲巻に比べて影が薄くて覚えてないだけかもしれないけど。
特に丁巻が良かった。実物の筆使いによるものなのか、それともやっとの思いで見た絵巻に対する個人的な感傷なのか、写真だと落書きに見えるが(実際、落書きなんだろうけど)、実物を見ると生き生きとしていてなかなかイイのだ。これまで丁巻には興味が持てなかったけど、結構好きになった。

21時10分には丁丙乙巻を見終わり、またソファに座って閲覧用図録を眺めたりしていた。21時20分ごろ、ようやく相棒が甲巻の展示室に吸い込まれていくのが見えた。つまり、2階南側のホールに内臓のように並んでいた時間は1時間近かったわけだ。
さすがに手持ち無沙汰になったので、1階に降り、ショップで竹マグネット4種と絵ハガキ3枚を買って、博物館を出た。グッズも甲巻推しだった。先に帰るにも中途半端な時間なので、上野公園で音楽を聞きながら本を読んだり(電子書籍は暗くても読めるのがいいところだ)して相棒を待っていると、22時39分に相棒から甲巻を見終わったと連絡が入った。相棒の後ろにも大勢の人が並んでいたが、いったい最後は何時になっただろう。

夕食をとっていなかったので、売店でサンドイッチを買って小田急特急の車内で食べた。家に着いたのは0時を過ぎていた。
後期は、断簡も半分なくなっちゃうし、新指定国宝もないし、法隆寺宝物館は休館。しかし蛙と兎の相撲という超有名シーンが展示される。さてどうしよう。
(東京国立博物館・2015年5月8日観覧)

小林清親展2015-04-12 22:49

NHK日曜美術館で知った画家。明治時代に活躍した、最後の浮世絵師という。明治の洋風建築と浮世絵版画の融合がおもしろく、夜の表現がなかなか良さげ。で、練馬区立美術館で回顧展をやるというので、行ってみることにした。


予報は曇り時々雨。昼に家を出た頃はちょうど止み間だった。しかし池袋から西武線に乗ったあたりで降り始めた。沿線の桜はまだ散らずに残っていた。
中村橋駅に着いたのは13時過ぎで、ちょっと腹が減ってきた。美術館のホールに軽食コーナーがあるので、そこでサンドイッチを食べた。オムレツが具材になっていて一風変わったものだが、なかなか旨かった。
サンドイッチ
館内はさほど混んでいなかったが、それでも思ったよりは人がいた。もっとガラガラだと思っていた。

順路は2階から。展示は第1章が光線画、第2章が風刺画・戦争画、第3章が肉筆画・スケッチという構成で、うち第1章の版画は橋、街、夜、水、空、名所、火事、動植物、風俗というテーマに分類されていた。
また、予想外だったのだが、会期中に展示替えがあるという(このため出品リストはA3紙両面2枚の大作だった)。げげ、あと何回か来ないといけないのか? 公式サイトにもそんな記載はないので面喰らったが、注意深くリストを見ると、別の所蔵先の同じ作品に替えるパターンが多かったので(版画だから同じ作品があちこちにあるわけだ)、相当なマニアでもない限りは再訪しなくて済みそうで、ちょっとほっとした。

海運橋(第一銀行雪中)
No.4。第一銀行のモダンな建物。明治東京の新名所というが、それにしてもごてごてとした建物だ。
東京新大橋雨中図
No.5。チラシや図録の表紙にあしらわれている作品。川面のゆらゆらの表現がよい。「東京」は「とうけい」と読ませるようで、枠に書いてある英語のキャプションも「TO-KEI」となっていた。
駿河町雪
No.32。広重の名所江戸百景で有名な三井越後屋と、洋風建築の三井組為替バンクが同じ画面に並ぶ。この対比がいい。雪の積もる屋根には輪郭が描かれていないので、なんか不思議な感じ。これは1879(明治12)年頃の作だが、その3年前の作である海運橋(No.4)の第一銀行は輪郭がある。
川崎月海
No.53。帆船が大砲を撃っている図、なのだろうか。西洋版画にありがちな題材だし、画面の中には日本的なものはない。何の説明もないと洋版画に思えてしまうが、火花の表現がなんとなく浮世絵的。
大川岸一之橋遠景
No.57。2人の車夫が人力車を曳き、俥には女のシルエット。バックには満月が照っている。情緒的だ。
本町通夜雪
No.60。夜、雪の中を走る馬車。ガス燈のような、光の周辺だけ雪が表現されているのがリアル。NHK日曜美術館では、この作品で多色摺りを解説していた。
新橋ステンション
No.70。この展覧会で一番気にいった。新橋駅の夜の情景。人々が傘をさしていたり、提灯の灯りが地面に反射する様子から、雨が降っているのだと一目で分かる。こないだ見たホイッスラーのノクターンシリーズみたいな印象。
明治十四年一月廿六日出火 浜町より写両国大火
No.106,107。実際の火事を描いた画家は珍しいとか。火の粉が飛び散っているのがなかなかリアル。この火事をスケッチしている最中に自分の家も焼けてしまったんだとか。
明治十四年二月十一日夜大火 久松町ニ而見る出火
No.109。自宅が全焼してしまった1/26のわずか2週間後、2/11の火事も取材に出掛ける清親。懲りない人だ。
明治十四年一月十六日出火 両国焼跡
No.112。焼けぼっくいが印象的な作品。まだ煙が立ちこめているようだ。徘徊する人々のシルエットを見て、『裸足のゲン』を思いだしてしまった。そういえば、この作品の日付は16日になってるけど、上述のNo.106と107は26日になってる。
浅草寺雪中
No.147。これまた雪の屋根に輪郭線がない。構図が明治時代の写真に類似するというが、広重『江戸名所 浅草金龍寺境内の図』を見ても、まんま同じ。
薩た之富士
No.156。水彩画のような写生的な1枚。宝永山まできっちり描いてある。
武蔵百景之内 江戸ばしより日本橋の景
No.161。これに限らず、このシリーズは近景のどアップを大胆に配置する構図で、もろ広重。「百景」といいつつ全部で34枚しかなく、不評のためシリーズ中止になったという話。文明開化の時代には古くさいと見られたのではないかという考察があった。
日本名勝図絵
No.175~。「最後の浮世絵師の最後の揃いもの」というと感慨深いが、やはり明治初期の光線画の方がいいと思った。
相合傘と雷神
No.243。相合傘のカップルを雲の上の雷神が眺めている肉筆画。版画の作品とは雰囲気ががらりと変わって、軽妙洒脱。雷神の顔がだらしなくて、なんだか微笑ましい。
左甚五郎図
No.248。甚五郎が仁王を彫ってたら生命が宿ってしまい、眠りから目覚めた仁王が大欠伸をして甚五郎がびっくりして見上げるという肉筆画。仁王の躍動感と、甚五郎のイナバウアーがいきいきとしていてイイ。
織豊徳三公之図
No.260。「織田が搗き、羽柴がこねし天下餅・・・」という有名な狂歌の魚バージョン。信長が釣って、秀吉が焼いて、家康が笑いながら食っている。この狂歌を魚で表現する例は他にないとか。

2周して1時間半くらいかかった。光線画では静かな画、肉筆は洒落た画といった感じで、いろいろな面も見られてなかなか面白かった。動物画はあまり感心しなかった。風刺画は世相が分からず、なんだかピンと来なかった。
第1章の版画を見ていて、明治の文明開化の雰囲気というか、古いものと新しいものが混在している東京の雰囲気に、ノスタルジーのようなものを感じた。新しいものとして、洋風建築やガス燈がよく描かれているが、ほかに意外なものに電柱があった。今なら多分、電柱や電線が入らないような構図にするんだろうが、清親の画では誇らしげに登場している。

絵ハガキを買おうか図録を買おうかさんざん迷ったが、図録を選択した。これなら見られなかった作品も楽しめるし。
それにしても、美術館の開館30周年記念が小林清親展とは、シブすぎる。今後も、国立や企業系の美術館ではやらないような、シブくてグッとくる企画を期待している次第であります。
練馬区立美術館
(練馬区立美術館・2015年4月5日観覧)

特別展 東日本大震災復興祈念「みちのくの観音さま - 人に寄り添うみほとけ -」2015-03-09 23:52

秋田県大仙市にある水神社の線刻千手観音等鏡像は県内唯一の国宝で、年に1度だけ、8月17日の祭礼の日に公開される。そのレアな国宝が、宮城県多賀城市にある東北歴史博物館の展覧会に出品されるという。これは大チャンス。

ただ、展覧会だけだと時間を持て余してしまうだろう。どっか他にいいとこないかな、と別冊太陽「みちのくの仏像」を眺めると、同じ宮城県の角田市にある高蔵寺阿弥陀堂(重文)が目についた。なになに、東北三大阿弥陀堂とされ、東北地方に3つだけ残る平安時代の建物のひとつとな(他は中尊寺金色堂と白水阿弥陀堂でいずれも国宝)。堂内の阿弥陀像(重文)もなかなか良さそげ。よし、行ってみよう。

高蔵寺の内部拝観は事前予約が必要とのことなので、前日に電話して10時にお願いした。博物館はそのあとのんびり行くことにした。折角だから1泊して他も見ようと思ったが、翌日が雨でしかも寒いという予報だったので、結局日帰りすることにした。


早朝の新幹線に乗り、白石蔵王で下車、タクシーで高蔵寺に向かうが、9時半に着いてしまった。駅から20分弱で3,000円でおつりがきた。それにしても、いくらなんでも早過ぎる。寺の境内は自由なので、阿弥陀堂を外から眺めたり、すぐ近くに移築保存されている旧佐藤家住宅(重文)を見学したりして時間を潰した。

阿弥陀堂は方三間の簡素な建物で、かやの林に囲まれていた。榧の木と言えば一木造の仏像に多く用いられるが、日本固有の木で、屋久島から東北南部にかけて分布しており、つまりこの付近は北限にあたるという。榧の実を好むヤマガラやシジュウカラなどの小鳥たちが忙しく飛び交っていた。
高蔵寺阿弥陀堂

10時ちょっと前になって寺務所に声をかけ、いよいよ阿弥陀堂の拝観。中に入ると、堂内は真っ暗だった。前面の両脇扉を開放すると、薄く自然光が入った。徐々に目が慣れてくると、思いのほか大きな仏像が、光背が天井に付かんばかりの大きさで鎮座ましましていることが分かった。感嘆して、思わず声をあげてしまった。
住職氏は我々を仏前に招き入れると、並んで共に合掌・一礼したあとは、縁側に出てしまった。おかげでじっくり鑑賞できた。
阿弥陀如来は、いかにも平安仏な大らかな仏像だった。丈六というのがまたイイ。正面より斜めの方が顔立ちがいいが、右前と左前でも少し違った印象だ。
10分ほどしげしげと眺めてから、住職に礼を言い、寺を後にした。すっかり体が冷え切ってしまった。

タクシーで東北本線の大河原駅に出て、電車を仙台で乗り継いで、国府多賀城駅で降りた。目の前に東北歴史博物館があった。
ちょうど昼になったので、博物館1階のレストラン「グリーンゲイブル」で昼食をとった。どういうわけか、店内のオーディオがマニアックだった。腹を満たしたあとで、展覧会場に入った。
東北歴史博物館
入るとすぐに、半円形に並んだ立像群が我々を出迎えてくれた。しかもケースに入っていない。正直なところ、国宝の鏡像以外は全く興味がなかったのだが、これはなかなか面白そうだと直感した。

十一面観音菩薩立像(石巻市 長谷寺)
No.25。入ってすぐ左にのっぺりとした、顔がつるっつるの像があった。薄っぺらい体形が独特の像。
観音菩薩立像(陸前高田市 観音寺)
No.16。17年に一度しか開帳しないという秘仏で、寺外での公開も史上初なんだとか。像の脇に、寺で厨子に収まっている写真が展示してあったが、これは別冊太陽「みちのくの仏像」掲載のものと同じ写真か。その写真では剣と珠を持っているが、観音らしく見せるためなのか、この展示では素手だった。
それにしても、この腕のアンバランスの面白さ。二の腕よりも手首の方が太いくらいで、ダウンのジャンパーとか着るとこういう風になるよなあ、とか思ったりした。
十一面観音菩薩立像(大船渡市 長谷寺)
No.19。よしもと新喜劇の烏川耕一に似ていて笑った。くちびるが、ピューなのだ。相棒はオードリー春日と言っていた。
十一面観音菩薩立像(大船渡市 長谷寺)
No.18。これまた別冊太陽に載っている像で、通称猪川観音というそうな。実物は本の写真よりももっと顔が大きく黒く見えた。そのアンバランスな加減が絶妙にイイ感じ。
十一面観音菩薩立像(大仙市 小沼神社)
No.14。東博の「みちのくの仏像」展に雪ん子化仏の十一面観音が出展されていたが、それと同じ小沼神社の像。雪ん子っぽい化仏もちゃあんと載っていた。
十一面観音菩薩坐像御正躰(天童市 昌林寺・重文)
No.40。よくできた御正躰。というのも、これは木造なのだ。確かに、欠けたところなんかをよくよく見ると木だと分かるが、全体の雰囲気は鋳造されたものに見えてしかたない。
線刻千手観音等鏡像(大仙市 水神社・国宝)
No.28。仏像がずらりと並んだ部屋の隅の壁が切ってあり、薄暗い中に小さく「順路→」という札があった。考えなしにそこに入ったら、順路の途中ではなく行き止まりで、まったくの隠し部屋の様相だった。そして、そこにお目当ての鏡像があった。
これは実に素晴しい。14cmというから男性の掌よりちょっと大きいくらいの鏡だ。その鏡面に、細かい線で観音像などが彫られている。線刻像では最高レベルの出来という。単眼鏡を持ってこなかったことを後悔。江戸時代の新田造営の際に発見したというが、よくぞ見逃さずに拾いあげてくれた。
それにしても、この隠し部屋の入口が分かりにくくて、見逃した人が結構多いんじゃないかと推察した。

明治・大正の絵馬とかのコーナーもあったが、そちらにはまったく興味がわかなかったので、完全にスルーした。
東北の仏像の魅力は、言い方は悪いが、ヘタウマなのだと思う。技術的な点数は決して高いとは言えないし、洗練されているわけでもないし、でもそんな中に不思議な魅力があるし、だからと言って全てが下手くそだと油断していると、正しく「鄙にも稀な」素晴しいものがあったりと(高蔵寺の阿弥陀如来は正にそうだ)、とにかく予想外で面白いのだ。

博物館を出たのは14時過ぎ。帰るにはまだ早い。
そこで、近くにある国宝ということで、ン十年ぶりに瑞巌寺に行ってみた。するとなんと平成の大修理とかで、肝心の国宝本堂が見られなかった。宝物館の展示も本堂の扉以外はなんだかぱっとしない。通常非公開の庫裡(国宝)の内部が公開されていたのが唯一の収穫と言えるか。700円の高額拝観料は、修理代を寄進したと考えるべきだろう。
瑞巌寺庫裡
松島海岸から仙石線で仙台に戻り、駅3階の牛タン通りで食事をしてから20時半の新幹線で帰った。家に着いたのは23時を過ぎていた。
(東北歴史博物館・2015年3月6日観覧)

みちのくの仏像2015-03-01 20:43

昨年春に会津を旅行した際、勝常寺の住職が、「今度の冬に上野の博物館に薬師像を貸し出す」と言うのを聞いて以来、ずーーーっと楽しみにしてきた展覧会。しかも相棒がチケットをタダでゲットしてきて、もうテンション上がりまくりの日々であった。
気になるのは、会場が本館特別5室ということで、かなり狭いということだ。それはつまり展示数が少ないと言うことでもある。リストを見るとたったの19点。BS日テレ『ぶら美』で「仏像スペシャル」と銘打って法隆寺館とか東洋館に行っていたのは、1時間の放送枠を満足できなかったらに違いない。
みちのくの仏像展


どうせ人気なくて空いてるだろうと思ったが、念のため開館一番に行くことにした。9時半に着くと、案の定、人はさほど多くはなかった。ま、こんなもんだろうと思ったところ、特別5室の入り口はかなりの混雑。そう、人は少なくても、それ以上に、会場が狭いのだ。アブネー、早めに来てよかった。

聖観音菩薩立像(岩手 天台寺・重文)
No.1。美しい鉈彫りの仏が入り口で出迎えてくれた。正面から見るとスマートに見えるが、少し角度を変えると、意外なほどに腹部がぽってりしている。それもまた美しい。土偶もそうだが、東北って、独特の美意識というか文化が面白い。
薬師如来坐像(宮城 双林寺・重文)
No.6。優しい顔立ちの薬師像。一木なのにほとんどひび割れがないという稀有の仏像だ。
薬師如来坐像および両脇侍立像(福島 勝常寺・国宝)
No.8。博物館の照明のもとでじっくり鑑賞できた。防火と文化財保護の点から寺では宝物館に安置され本尊と離ればなれになっている脇侍がちゃんと脇に揃い、本来の三尊で拝めるのがいいところ。
薬師如来坐像(岩手 黒石寺・重文)
No.9。対面の双林寺の薬師と違って、目が吊り上がって一見怒っているように見える仏像。下から見上げると優しくなるに違いないと予想して屈んでいろんな角度で見てみたけど、そのままだった。
十二神将立像(丑神・寅神・卯神・酉神)(山形 本山慈恩寺・重文)
No.15。鎌倉期のリアル系仏像。卯神の頭のウサギがあまりにも可愛すぎて、怒れる神の形相とのギャップがおもしろい。
十一面観音菩薩立像(宮城 給分浜観音堂・重文)
No.16。頭に塔がにょきっと生えてるという、いっぷう変わった仏像。背の高さでは会場イチの巨像だ。ぱっと見で違和感を覚えるのは、体のバランスがひどいからだろう。しかしよくよく考えてみれば、法隆寺館に沢山おわします飛鳥時代の金銅仏なんかはみんなこんなバランスのような。岬の高台に安置されているということだが、これこそ、海から見上げるとちょうどよい姿になるのかも知れない。

あっという間に見終わった。人の動線がぐちゃぐちゃなうえに、みんな仏像を見上げながら移動するから、あちこちで人とぶつかりそうになった。再入場可能というので一度外に出て、本館を見学した。特集展示の水滴が面白かった。江戸時代の工芸はホントに奥が深い。
水滴
そのあとは法隆寺館に行き、1階のオークラでコエドビールを呑みながらまったりと昼食をとった。庭では冬鳥のシロハラも食餌をしていた。
食後に法隆寺館と東洋館を見学し、最後にまたみちのくの会場をぐるりと周り、絵ハガキを数枚と別冊太陽の東北仏像特集を買って帰った。
(東京国立博物館・2015年2月7日観覧)

特別展 動物礼讃 大英博物館から双羊尊がやってきた!2015-02-26 23:35

青銅器好きの自分がこの展示に魅かれたのは、なんといっても大英博物館の双羊尊だ。この特異な形の青銅器は世界にたった2つしか伝わっていない。その一方がロンドンからやってきて、もう一方の根津美術館のシンボルとも言える双羊尊と対面するというのだ。もしかすると、この2つが並ぶなんて歴史上初の大事件かも知れない。ああもう、居ても立ってもいられない。


催しじたいは、未年だからとイギリスの羊を呼んで、さらに展覧会としてテーマを打ち出すために「動物」関連の作品を集めたと推測。
まあ、こんなマニアックな展覧会は人も少ないに違いないと、テキトーな時間に家を出たら青山に着いたのは昼過ぎ。とりあえず美術館に入り、庭にあるネズカフェでミートパイを食べて腹を落ち着かせてからの鑑賞となった。

会場に入ると、あまりの驚きに思わず声をあげてしまった。京都の泉屋博古館の世界的名品、虎卣こゆうが目に飛びこんできたのだ!!!!!!!
なにしろ双羊尊にしか興味がなく、展示リストをロクに見ていなかったので、まったく知らなかったのだ(実は、よくよく見たら、事前に入手していたチラシの左上にちゃんと虎卣が載っているのだが)。この虎卣も泉屋以外にはフランスにしかないという珍品である。ぱっと見、人が食べられているように思えるが、人を守っているのだという解釈する人もいる。
そして部屋をくるっと見てみると、極上の青銅器がわんさかと、あるわあるわ。泉屋が冬季閉館中とはいえ、よくもこれだけ出してくれたものだと狂喜乱舞である。

そして双羊尊である。2つが隣りあって並んでいる姿を勝手に想像していたのだが、それぞれ別のケースで斜交いに置かれていた。みんな行き来して見比べていた。
双方は似ているようでいて、口やら髭やら腹やら体の模様やら、意外なほど違いが多く、よくよく考えてみると似ているのは大きさと雰囲気だけ、と言った感じ。ロンドンの方が緑青が多いように見え、そのぶん根津よりも古ぼけているように感じられた。近年では、2つは制作年代が違うのではないかという研究もあるらしい。

ミミズクを象った泉屋の戈卣かゆうと、つまみのへんてこな猿が愉快な根津の黄瀬戸獅子香炉の絵ハガキを買った。大英博物館の双羊尊はクリアファイルはあったが絵ハガキがなかったのが残念。
(根津美術館・2015年1月31日観覧)

ホイッスラー展2015-02-18 19:40

ホイッスラー展

この展覧会の開催は知ってはいたけれど、特に観に行く気はなかった。しかし相棒が同僚に聞いたところでは、なかなかよいという話。しかも「これ、やらかしちゃったんじゃね?」と心配になるくらい空いているという。
じゃあ行ってみてもいいかな、と興味を持ったところで『ぶらぶら美術・博物館』で取り上げられた。たしかに、なかなか面白そうだ。


相棒と昼に横浜で落ち合って昼食にピザを食べ、のんびりと美術館へ向かった。着いた時は15時になんなんとしていた。
横浜美術館
美術館前はなんだか人混みが凄かったが、これはどうやら目の前の広場で開催中の車の展示イベントのせいらしい。美術館のエントランスはやはり空いていた。しかし会場に入ると、なかなかの混み具合。少なくとも「やらかしちゃった」というほどは空いていなかった。会期が進んで巻き返したのか、それとも『ぶら美』放送の効果か。

展示は大きく人物画・風景画・ジャポニスムに分かれていた。ぶら美ではホイッスラーの生涯を年代順に追う構成だったから、そのつもりでいるとちょっと違和感を覚えるかもしれない。また、ぶら美でまったく触れられなかった「ピーコック・ルーム」なる部屋があった。かなり大きなコーナーなのに、ぶら美が完全スルーだったのが不思議なくらいだ。自分はあんまし興味が湧かなかったのですっ飛ばしたけど。
人物画はピンと来なかったが、風景画には良いものが多かった。気に入ったのは、月並かもしれないが、ノクターンシリーズだ。ノクターンシリーズはジャポニスムコーナーに配されていた。水墨画の影響がどうとか言う説もあるようだが、そんな能書きは要らないと思う。ていうか、こんな真っ黒な水墨画ねえだろ、と思う。

常設展は、シュルレアリスムの部屋はいつもどおりだったが、前衛美術が良かった。
常設展 ホイッスラー展看板
絵ハガキを買って美術館を出た。すぐ近くのウミリアというイタリアンで夕食を楽しんでから帰った。
(横浜美術館・2015年1月24日観覧)