私は大学で中国史を専攻していた。しかも、卒論のテーマは中国青銅器の紋様なので、この展覧会は実は自分の専門分野である。
にもかかわらず、客寄せ展覧会のような気がして、なぜだか見に行く気がしなかった。この週末は丹沢に紅葉でも見に行こうかと思っていたが、天気が芳しくないのでじゃあ仕方ないから東博へ、ということで出かけた。
そんなテキトーな気持ちだったのだが、たいへん充実した見ごたえのある展覧会で、帰宅後は披露困憊でぶったおれて爆睡してしまうほどだった。
展覧会は大きく「考古学の新発見」と「仏教美術」の2テーマに分かれていた。当然、自分の興味の対象は圧倒的に考古学の方だった。しかし考古学は、いくつかの目玉はあるものの、分量ははっきり言ってオマケ程度。これなら仏教美術に展示を絞って「中国仏教美術展」とかにした方が焦点がすっきり定まってよかったのではと思った。
開館10分前に門前に到着すると、ジジババの団体がいて辟易した。学校の社会科見学じゃねーんだから、大勢で押しかけてくんじゃねーよ。中学生だって班行動なのに、いい年こいて50人でひとまとまりですか。大勢じゃないと展覧会にすら行けないのかね? 団体が前に陣取ってると迷惑なんだよな。
しかしこいつらは博物館入場後も、全員点呼の後でないと特別展会場には入れないので、その隙にブチ抜いて会場入り。ちょっとほっとした。が、途中で追いつかれ、「もう観るのたいへんよ、脚が痛くってもう」「はー、どっこいしょ」の声が響き渡る阿鼻叫喚地獄の中での観覧となったが、iPodの活躍によって集中して見学することができた。
考古学の新発見
- 羽人
- No.41。会場入り口、トップを飾る。『嘴の仮面をつけて「ダーッ」をやっているダチョウ倶楽部の竜ちゃん』という感じ。
黒光りしているので黒曜石かなんかかと思ったが、よくよく見るとなんと木製。強烈な印象の像で、なんとなくアフリカ先住民の彫刻みたいで中国っぽくないなあと思ったが、楚の遺品とか。
- 青銅器
- 自分の興味の対象である商の青銅器は数が少なかった。中国青銅器紋様1000年の流れを大ざっぱに言うと、「素朴」-「精緻」-「簡略(デザイン)」となるが、その点についての解説がなかった。全般的に解説不足の感は否めない。たとえば『「亜長」の銘が刻まれている』とあっても、どこに銘があるのか説明がない。あのファミコンの移動ボタンのような模様が実は「亜」字であるとは、おそらくほとんどの人は知らないはず。実際、相棒はさっぱりわからなかったらしい。せめて拓本でもあれば。
いや、解説以前に、観客自身にあまり興味がわかなかったのかもしれない。人気の美術展などと違い、それぞれの展示物をじっくり見ずに通り過ぎる人が多いように感じた。鉞の前で「えっ、これギロチンなの」と感想を漏らす人がいたが、立ち止まるのはその程度。
鉞には「えつ」とルビがふってあったが、上述のように、この漢字を見て「まさかり」をイメージできる人も少なかったようだ。どう見ても形がまさかりなのだが、金太郎を知らないのだろうか(MS-IMEだって「まさかり」で「鉞」に変換できるのに)。ちなみに、左右対称が基本の青銅器紋様にあって、No.20の鉞は、中央のタツノオトシゴを思わせる、渦巻状の龍の紋様が珍しいものと思う。
- 金縷玉衣
- No.54。この展覧会の目玉のひとつ。金縷玉衣や銀縷玉衣は数点の出土例があり、30年くらい前にも日本に出展されたことがあるようだ。しかし今回のものはその中でも特に優れた品ということで、玉の美しさは実に見事。肩の丸みを出すためにこまかく細工されている玉片に唸った。
なお、金縷は盗掘に遭っていたため、玉片がバラバラの状態で発見されたのだとか。ということでこの金縷は復元。ちなみに、古墳というと、皇族の陵墓のせいか管理がしっかりしているもののような気がするが、中国では盗掘されまくっている。
- 俑
- No.70の女子俑も解説がちょっと足りない。「当時流行の最先端の化粧」って書いてあるだけだと「どこが?」と思ってしまう。「頬の脇に斑点をつける」という一言を加えて欲しかったが、スペースの関係でできなかったのかな。
- No.69の鎮墓獣は東洋館のものより小ぶりだが、目の瞠り具合と全体の色の迫力は勝るか。
仏教美術
- 如来三尊立像
- No.84。渦巻き型の螺髪と左右対称の造型が日本の清涼寺式の仏像を思わせる。光背てっぺんの龍の彫刻が中国的。龍は梵字のように見えるが、どうなのだろう。
- 釈迦如来諸尊立像
- No.86。美しい曲線の衣紋が法隆寺金堂の本尊によく似ている。どちらも6世紀の仏像だ。
- 盧舎那仏立像
- No.103。美しい形のトルソー。身にまとう袈裟全体に仏像が彫られているのが珍しい。
第三室には他にも、優美な「いいお顔」の仏像がずらりと並ぶ。
- 薬師如来坐像
- No.118。丸みを帯びた中にもひきしまった表情が今回一番のお気に入り。きりあがりすぎた目がイイ。この仏像を含め、大理石製の像がかなり多い。大理石の仏像は初めて見た。
- 観音菩薩立像
- No.123。蓮の蕾をなでていたり、首を右に傾げてちょっと上を見ている姿が珍しい。優美。これまた大理石製。
- 鉄造弥勒如来倚像
- No.127。なんと鉄の仏像。そんなの初めて見た。日本には遺例はあるのだろうか。錆がすごい。
- 比丘立像
- No.131。2体。デカすぎる顔をグロテスクととるかユーモラスととるかは鑑賞者しだい。両手を前で合わせてるヤツは「いや~ん、バカん」という感じでまるでオカマちゃん。
- 如来坐像
- No.132。青木さやか風。「どこ見てんのよ!」
- 観音菩薩坐像
- No.145。Nahp Diary にある「態度のでかい」仏像。神仙画を思わせるなかなか優美な像であった。水月観音の可能性もあるというが、まさしくそんなイメージだ。
日本ではこういう場合広隆寺や中宮寺の観音のような半伽像になるが、この観音は完全な立て膝なのが特徴。そのあたりがヤンキー娘をして「態度でかい」と言わしめたようだが、私には、態度でかいというよりも酔っ払っているように見えた。
というわけで、期待していなかった仏教美術編が思いのほか素晴らしく、会場を2周して大満足だった。平成館の企画展示といえば混雑がつきものだが、第三室・第四室は展示スペースも広々として人がばらけ、さほど気にならなかった。
カタログを買ったが、絵はがきは気に入ったものがなかったので買わなかった。
見学後は、東洋館隣接の精養軒で1日限定10食の「ビーフシチュー親子ココット煮」(牛スネと、リ・ド・ボーなので)を食した。なかなか美味であった。精養軒もハヤシライスばかりではないのだ。
食後は、書画以外はほとんどかわりばえのしない東洋館と、9月に「リニューアル・グランド・オープン」した本館を見学した。本館はリニューアルとはいいつつ、余分な柱と照明を追加したくらいであまり見栄えがしなかった。子ども向け・外国語の解説パンフが増えたのは評価したいが、寄贈者の名前をずらずら並べただけの部屋ができたのが気に入らなかった。神社の石段じゃあるまいし。しかし、こうすることで隠れた名宝の寄贈が増えるのであれば、それは嬉しいことだ。独立行政法人になって、いろいろ変わってきているということなんだろうと思った。
めちゃくちゃ疲れたので、開放されている庭園と、法隆寺館には寄らないで帰った。
(東京国立博物館・2004年11月14日)